HAIKU日本2024写真俳句大賞 発表
2024 春 大賞
写真をクリックすると新しいウィンドウで大きく表示されます。ぜひ皆様の力作を拡大画面でご覧ください。(オリジナルの写真サイズが小さい場合は拡大されません。)
(評)満開の桜の様子を美しく捉え、俳句でその儚さと美しさを巧みに表現しています。感情の表現が秀逸で、桜の散り際に新たな命の輝きを見出す視点は深い感動を与えます。「いよよ」という言葉の響きが、花びらが舞い散る様子を音的にも表現して写真との関連性が強く、視覚と俳句が一体となって春の儚さと美しさを伝えています。
次点
(評)母との思い出を蘇らせる花の美しさを描き、その感動を詩的に表現しています。俳句に季語を用いずとも、写真にレンゲソウの花をあしらうことで春を象徴し、季節感を感じさせます。写真のレンゲソウが俳句の内容を補完し、母との思い出を一層引き立てて、写真俳句の一つの形を体現しています。
<春 秀逸句>

この星を塩で清めん梨の花
宮城県仙台市 遠藤一治
(評)遠景に雪を被った山々が見えることから、冬景色かと思いきや眼前に広がるのは梨畑。「梨の花」は、晩春に真っ白な五弁の花を開き数日で散ってしまいます。花の白さを「塩」に喩え「塩で清めん」の措辞が、ダイナミックな大景に雄渾に響きます。地球上で起きる様々な戦禍に、終止符を打ってほしいとの願いが強く込められています。

肺深く季節の届く二輪草
宮城県仙台市 繁泉祐幸
(評)「二輪草」にそっと近づき、「肺深く」その香りを吸い込んだ一瞬でしょうか。可憐な花がこちらを見つめ、何かを語り掛けているようです。山野の陽の当らない樹影では大群落が見られることも多く、香りは小振りな花からは想像できない程豊かです。健気に春の香りを届けてくれた喜びが一句に溢れています。

奥深き山の便りや雪解川
茨城県水戸市 打越榮
(評)「雪解川(ゆきげかわ)」は、暖かくなり雪が解け始めた川。何一つ濁りもなく、水底の細部までくっきりと写し出された谷川。水質の良さがよく分かります。まだ寒さの残る早春の景を切り取った一句と、芸術性のある写真が自然の恵みを伝えてくれる貴重な写真俳句です。

飛んできたボールに花びら缶ビール
千葉県柏市 小草
(評)バスケットボールと缶ビールに散り敷かれた花びら。この三点に視点を合わせたインパクトのある写真が印象的です。日射しの当たる一か所をスポットライトに見立て、造形と言葉が見事にマッチした写真俳句と言えます。缶ビールと花びらとボール、そぐわないかに見える組み合わせがいかにも芸術的に見えます。

黄砂には負けじと湯煙湧き上がる
東京都町田市 渡辺理情
(評)大陸には負けじと日本の湯煙が立つ迫力のシーン。今の世相をも想起させる妙味ある写真俳句となりました。湯煙は温泉地ならではの情緒がある一方、地熱のパワーの凄みに圧倒されます。春特有の黄砂と湯煙、同じように景色が霞んでしまう二つの取り合わせに俳諧味があり、雲間から差し込む光が写真のアクセントになっています。

春暁の眠りは深し街の朝
東京都町田市 雅
(評)「春眠あかつきを覚えず」は孟浩然の春暁詩。人はどういうわけか春の眠りが深くなるものらしい。小高い住宅地の街に見た春暁。柔らかい空の色に、ぽかりぽかりと浮かぶ雲が春らしい。明け方の街の後方には、朝日が悠々と昇り始めていて、静かな住宅地の一日の始まりが想像できます。

あぁ櫻ときめきの歌が聴こえる
神奈川県鎌倉市 鐵谷良子
(評)「ときめきの歌が聴こえる」と詠んだ一句が、この日の作者の心情をよく表しています。花は鏡のように淋しい時には淋しく見え、心弾む時には微笑んでいるように見え、その時の感情を映し出してくれます。豪華絢爛の桜の美しさと生命力に、桜の偉大さを思わずにはいられません。詩的でたおやかな作品です。

シベリアは安寧なるか鳥雲に
神奈川県横浜市 楽ハイシャ
(評)北へ帰る渡り鳥の姿を見事に写真に収めています。「鳥雲に」は季語「鳥雲に入る」を略した言い方です。日本で越冬した鳥が、北方へ群れを成して帰っていく時、雲間に隠れていく様を言います。鳥たちの姿もだんだんと小さくなり、消え去る群れには哀感があります。心配する作者の親心がどこか切なさも感じさせ、大自然の大らかな営みを見届けての写真俳句が心に残ります。

パンジーのくすくす笑いが聞こえそう
富山県射水市 中村理起子
(評)紫、白、黄色の三色が混じって、蝶の翅を広げたような「パンジー」。色鮮やかな色彩のパンジーを見ていると、楽しい気分にもなり、作者の春を待ちわびた心情が滲み出ています。春を代表する身近な花の「くすくす笑い」にも見える、楽しげな様子が読者にも伝わります。

鶯や静けき里の昼下がり
静岡県静岡市 山田由紀子
(評)長閑な里山の風景。手入れの行き届いた茶畑は傑出した美しさを見せています。穏やかで静かな「昼下がり」の時間の流れの中に居て、「鶯」の鳴き声だけが聞こえる長閑な景が浮かびます。いつまでも残ってほしい日本の原風景です。
2024 夏 大賞
写真をクリックすると新しいウィンドウで大きく表示されます。ぜひ皆様の力作を拡大画面でご覧ください。(オリジナルの写真サイズが小さい場合は拡大されません。)
(評)俳句が写真の静かな森林と夕陽が織りなす光と影の美しいコントラストを見事に捉えています。「奥底に」という表現が、森の深い静寂や自然の奥深さを感じさせ、「平和を落とす」という抽象的な表現が、光が地面に静かに降り注ぐ様子を詩的に表現しています。晩夏の季節感も自然に伝わり、森の中での静寂と時間の流れを感じさせる点で、写真との相乗効果が非常に高いです。
次点
(評)「雲海や」という雄大な風景の中に、「裾は湯けむり」という温泉地ならではの要素を加えることで、自然の壮大さと人間の営みが共存する様子が巧みに描かれています。季節感と風景が非常に調和しており、写真との相乗効果も抜群です。ただ「草津町」という具体的な地名がやや説明的に感じられる部分があります。地名を省略し、もっと詩的な表現に置き換えることで、さらに余韻が増すでしょう。例えば、「雲海や裾は湯けむり山の宿」とすることで、旅の情景や雰囲気が広がり、詩情豊かな作品になります。
<夏 秀逸句>

戦なき天上の朝蓮ひらく
宮城県仙台市 遠藤一治
(評)広々とした蓮池にうっすらと霞がかかり、別世界に足を踏み入れたかのような幻想的な一枚です。蓮池の上空の鳥の姿も伸び伸びとしているように感じます。早朝の静謐な様子が窺え、まるで天上の景のような美しさに心が穏やかになります。戦なき世界を願う作者の気持ちが痛いほど伝わってきます。

ガラス越しワルツ踊るか糸とんぼ
茨城県日立市 松本一枝
(評)体が糸のように細い「糸とんぼ」は、体長3センチ程。止まるときは翅をたたんで立てるところが、普通のとんぼと違っています。ガラス越しの糸とんぼが、まるでワルツを踊っているように感じられたのは、華奢な体が風に揺れていたのでしょう。か弱げで可愛らしい糸とんぼ。命あるものへの慈しみが感じられます。

百日紅聖火を讃え空に燃ゆ
東京都町田市 雅
(評)パリ五輪は数々の名場面を生み、真剣勝負のメダル争いは世界中の感動を呼びました。燃え盛るように咲く「百日紅」が、100年ぶりとなったフランスの聖火を讃えているという作者。華やかなピンク色は、アスリートたちの炎のような情熱も表しているかのようです。

夏休み名残を惜しむ三兄弟
東京都町田市 横井澄
(評)高さの違う鉄棒で遊ぶ三人の影が実に印象的です。仲の良い兄弟なのでしょう。影絵のような写真が三人の絆の深さを感じさせます。夏休みも残り少なくなってくると、何かに追われるように遊びを満喫しようと思ってしまうものです。暗くなっても鉄棒で遊んでいる、三兄弟の心の内を思いやる家族の優しさが溢れています。

老いてなお武者に変身募金箱
神奈川県鎌倉市 鐵谷良子
(評)鎌倉幕府の置かれた地に武者行列を復活させ、鎌倉のPRに寄与して募金活動を行っている武者の衆。堂々した立ち姿を披露しています。しかも、甲冑は手作りというから驚きです。有志が集まり、発想を形にしていく努力は並大抵のものではありません。きりりとした姿に強い意志と団結力が漲っています。

ウクライナ想えば平和麦の秋
神奈川県平塚市 八十日目
(評)ウクライナの惨憺たる有様を想い、平和の尊さを改めて胸に刻んだ一句。写真は夏空と山と、熟した麦を活写した自然の美しさそのものの一枚です。戦争が起こる前のウクライナのまさに原風景であり、戦争のない穏やかですばらしい世界であってほしいと願わずにはいられません。

哀歓の日々を託して麦の秋
富山県射水市 中村理起子
(評)哀しみと歓びを共に味わいながら過ぎる日々。写真は麦の実り一点に視点を置きました。麦畑だけのクローズアップが斬新です。託すのは日々の暮らしの先にある実りでしょうか。「哀歓の日々」が読み手に様々なことを想像させます。

何事も丸く収まり茄子の尻
愛知県名古屋市 山田雄一
(評)何とも立派な茄子。傷みやすい「茄子の尻」を座五に据え、生活詠句として見事な俳句に昇華させた作品です。懸念していたことが丸く収まったのか、安堵の様子がまん丸いぷっくりとした茄子の丸みに現れています。その丸みを尻と表現したユーモアに、読み手も思わず微笑んでしまいます。

夏空や米寿うれしきチョコレート
大阪府大阪市 安子
(評)米寿のお祝いに用意してくれたケーキに、こんな嬉しいメッセージ入りのチョコレートが飾られていました。ケーキを囲んでの賑やかな景ではなく、お祝いの言葉が刻んであるチョコレートをフォーカスした所に作品の良さがあります。家の中にも楽しい素材がいっぱいあることを気付かせてくれ、季語「夏空」が晴れやかな皆の顔を物語っています。

絶え間なく廻る水車の苔青し
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
(評)水車の苔に焦点を当て、素敵な癒しの一句となりました。ゴトンゴトンと回り続ける水車の音が聞こえてきそうです。時間が静かに流れる様が思い浮かび、明るい草の緑と水の透明な青のコントラストがよく効いています。「苔青し」の季語で一帯にある涼感も感じられます。

長生きは罪かも知れぬ百日紅
高知県南国市 ホノボーノ
(評)人生百年とも言われる時代です。若者が少なくお年寄りの多い今の日本は、医療や福祉面でも課題が山積しています。「罪かも知れぬ」とぽろりと出た一言が、百日もの長い間咲く「百日紅」と共鳴し胸に刺さります。花期の長さと人の寿命の長さの取り合わせの句ですが、「罪かも知れぬ」と言いながら、写真の百日紅はしっかりと太陽に向かって力強く咲いています。

たまさかは日かげさすらふ半夏生
福岡県飯塚市 日思子
(評)「たまさか」は、“時々”とか“たまたま”の意味です。「半夏生」は七十二候の一つで、夏至から11日目に当たる日のこと。陽暦では7月2日頃に当たります。雨の似合う紫陽花も、今年の暑さは大変だったことでしょう。作者も時々出現する日陰を選んで歩いているようです。雨の少なかった今年を象徴する作品です。
2024 秋 大賞
写真をクリックすると新しいウィンドウで大きく表示されます。ぜひ皆様の力作を拡大画面でご覧ください。(オリジナルの写真サイズが小さい場合は拡大されません。)
(評)「まっ!いいか」「それもいいか」という軽やかな言葉が、月見酒のリラックス感と肩の力が抜けた心情を表現し、心地よい風情を生んでいます。俳句は会話調の切れ味が新鮮です。季語「月見酒」が満月の写真と調和し、秋の穏やかな情景を際立たせています。伝統的な俳句に囚われず、写真俳句の表現の可能性を引き出した作品で、日常の中の非日常感や人生観を感じさせる深みがあります。肩の力が抜けた洒脱な味わいが魅力的です。
次点
(評)自然の神聖さと生命の躍動感を見事に表現した作品です。「踊る」という擬人化が、茸たちを精霊のように描き、幻想的な印象を与えます。俳句のリズムが整い、「神の杜」で厳かな締めくくりとなっています。季語「茸」が秋の静けさと生命感を際立たせ、木漏れ日との調和も秀逸です。自然への畏敬と遊び心が融合した独自性が光ります。写真と俳句が調和し、神聖な舞台のような情景を生み出した完成度の高い作品です。
<秋 秀逸句>

黄落やあの日の蹉跌レクイエム
北海道札幌市 鎌田誠
(評)「レクイエム」は死者を悼み、安息を願う鎮魂歌です。教会でのミサ曲として、死者の魂が天国に召されるように祈ります。銀杏の葉の黄金色が眩しい一枚。亡くなった人との思い出が蘇り祈ったのでしょう。「蹉跌」「レクイエム」の措辞が懐かしさと共に、ほろ苦い過去を思い起こさせます。

燎原のほむら走れり紅葉山
宮城県仙台市 遠藤一治
(評)「燎原(りょうげん)」とは火の燃え広がった野原、または野原を焼くことを言います。真っ赤に色づいた写真に、なるほどと共感してしまいます。紅葉はまるで野火が走るようで、山肌を駆け上がるような絶景となっています。「火」ではなく「ほむら」と表現し、格調高い写真俳句です。

遺伝子のなお生き抜いて秋の蝶
宮城県仙台市 繁泉祐幸
(評)背景をぼかし、蝶の姿をクローズアップしています。作者は美しいシーンをさりげなく届けてくれました。自然界というのは不思議なものです。遺伝子の法則に従って代々繋がり、秋蝶として今を生きているのです。全体的に黄味がかったイメージの写真が、蝶の生きる世界を優しく切り取り命の尊さを教えてくれています。

かさこそと森は賑やか秋うらら
茨城県水戸市 打越榮
(評)画面いっぱいにカラフルな落葉が敷き詰められた一枚。その色がより鮮やかに見えるのは、地面に緑を一筋配しているからでしょう。歩くたびに音を立てる森の楽しさを「かさこそと」の副詞で、単純明快に巧く表現した写真俳句です。

プリズムや秋意のかけら交錯す
東京都足立区 miyakodori
(評)「プリズム」とは、光を分散させたり屈折させたりする透明な多面体で、その面のうち少なくとも一組が平行ではないものを言います。テーブル席を三角に切り取り、四角いフレームからは光度の異なる灯りが放たれています。大都会の一角を見下ろした写真は、すべての動きが制止したかのようです。街の様子を的確に表現し、写真俳句の魅力を十分に発揮しています。

清き空さあ出番だと芒の穂
東京都町田市 渡辺理情
(評)芒は強く根を張る植物で、ひとかたまりに生い茂ります。やっと青すすきから尾花に近くなってきた芒を、朝焼けのように見える空を借景に撮影した幻想的な作品となっています。清らかで美しい花穂を開いた芒が、「さあ出番だと」金色に波打ち秋の色合いを深めています。

秋風や不意に呼ばれた心地して
東京都武蔵野市 伊藤由美
(評)秋は昆虫が生き生きと活動する季節です。作者自身が、写真の鎌切と同化してしまった不思議な感覚が漂います。「何か用かい?」と振り返ったかのような、鎌切の一瞬の様子を捉えた何とも面白味のある写真俳句です。

秋の田は日本の平和象徴し
神奈川県平塚市 八十日目
(評)澄み渡る秋の空、金色に輝く稲穂、そして手前にはコスモスと、秋の象徴が三拍子揃った一枚。日本の美と秋の風物詩がしっかりと捉えられた写真俳句です。この里山の風景は平和な日本の象徴です。何とも言えない自然美は、人々が心から平和を望む証しのような美しさです。

長き夜や植物園もナイトショー
兵庫県西宮市 幸野蒲公英
(評)大きなカプセルのような建物は植物園だそうです。夜の植物園は珍しく、大蓮の池に浮かぶ設計も斬新です。夜の静けさの中に浮かび上がるメタリックな色合いが、未確認飛行物体のようにも見えます。昼間とは全く違う被写体の発見が、写真俳句の楽しさを引き出しています。

豊の秋田の神様をお持てなし
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
(評)「豊の秋」は、五穀豊穣の秋を言います。豊かに実った稲穂は、誠に美しく人の心を癒してくれるものの一つです。にこやかな神様の表情に心が温まります。何とも言えない三者三様の姿は、大きな包容力で包み込まれるような感動があります。収穫の秋、豊穣を喜び神に感謝する人々の姿が浮かび上がってきます。
2024 冬 大賞
写真をクリックすると新しいウィンドウで大きく表示されます。ぜひ皆様の力作を拡大画面でご覧ください。(オリジナルの写真サイズが小さい場合は拡大されません。)
(評)写真と俳句が見事に融合し、一瞬の劇的な美しさを捉えた秀作です。「カーテンコール」の比喩が、一日の終幕と夕焼けの輝きを巧みに結びつけ、冬茜の鮮烈な色彩と調和しています。特に「今という」の言葉選びが、「刹那の輝き」を強調し、写真の燃えるような空をより印象深いものにしています。「冬茜」をもう少し抽象的な表現にすることで、より広い解釈が生まれるかもしれませんが、全体の完成度は非常に高く、洗練された写真俳句です。
次点
(評)「紅を躊躇ふ葉々」という表現が、秋から冬への移ろいを繊細に捉えています。写真の緑と色づく葉の対比が美しく、「神無月」の季語が山里の静けさと神秘性を引き立てています。「躊躇ふ」の擬人化により、葉に命が宿り、読者の想像力を刺激する点も秀逸です。「まだ」を削ると簡潔になり、霞や雲の描写を加えることで、写真の奥行きと俳句の余韻がさらに深まるでしょう。
<冬 秀逸句>

遠き日へ捲るページや雪の暮
宮城県仙台市 遠藤一治
(評)湖面か川面に降っている夕暮れの雪が、何とも美しく捉えられています。流麗な措辞と写真が相まって、降る雪に何とも言えない感動がこみ上げてきます。余りに幻想的な風景に息を呑んでしまう程。作者の大切な思い出が、この雪のワンシーンから蘇ってくるようです。

ひと葉ずつ銀杏落葉の大海へ
宮城県仙台市 繁泉祐幸
(評)今まさに散り時を迎えた銀杏の葉。舞い落ちる落葉が集約されて、大海のように大きな広がりとなっています。銀杏の葉一枚一枚に違った表情が見えるようです。アングルの良さがその臨場感を引き立て、ロマンチックに「銀杏落葉の大海へ」と詠んだことに読者も納得です。

かんじきの踏む音のみぞ山に入る
茨城県水戸市 打越榮
(評)身も心も芯まで凍りそうな雪景色が広がっています。「かんじき」は深い雪を歩く時に履くもので、木の枝や蔓を輪にしたもの。これから山に入るという覚悟と緊張感が伝わってきます。幽玄の世界のように見える美しい雪山ですが、これから先の山中の過酷さを想像させます。

千年を雪に見返る女岩
埼玉県熊谷市 多々良圭吾
(評)富山県高岡市の観光名所「女岩」。万葉の歌人、大伴家持は越中国主として赴任した際、この風景に魅了され数多くの歌を万葉集に残しています。岩礁と松はこのシルエットをずっと保ってきました。水滴とモノトーンの画像は、淋しくもあり美しくもあり、千年もの時に想いを巡らせる作者の心情が伝わります。

霜柱ざくざく我は脱皮中
東京都足立区 miyakodori
(評)霜柱の細部がしっかりと写し出された見応えのある一枚。土の中の水分が地表に沁み出し凍ったものが霜柱で、朝日を受けてキラキラと美しい。踏めば鳴る「ざくざく」の音が聞こえてくるようで郷愁を誘われます。霜柱を元気よく踏んでいく姿が伝わってきます。

振り向けばSus4に似た冬の暮
東京都日野市 高山夕灯
(評)「Sus4」は、ポピュラー音楽でよく使われるコードで、フワッと浮き立つような浮遊感を感じさせる響きが特徴です。林立する木々がまるで生き物のように触手を伸ばしています。冬晴れの夕暮れ時を季節感豊かに切り取り、冬の詩情たっぷりな写真俳句に仕上げています。

熱燗を提げて羅漢に仲間入り
東京都町田市 渡辺理情
(評)「羅漢」は仏道の最高段階に達した人のことを言います。写真の朗らかに酒を酌み交わす二人の羅漢様の表情は何とも言えず、二人の穏やかな様子にこちらも優しい気持ちになります。「熱燗を提げて」羅漢に仲間入りを果たしたという俳味に富んだ写真俳句。思わず話を聞いてみたくなります。さぞかし楽しいひと時だったことでしょう。

満月へ師走の尾灯数珠つなぎ
神奈川県厚木市 折原ますみ
(評)藍色の空に輝く冬満月が印象的な一枚。渋滞で車の尾灯が長く続く景は、夜遅くまで人々の動きのある年末の慌ただしさを伝えます。テールランプの灯りが満月へと続いているとロマンチックに詠み、現代の灯りとやさしい月の灯りが調和しています。月が照らし出した師走の街はどこか穏やかです。

風雪に耐えてみんなの文守る
神奈川県平塚市 八十日目
(評)今は滅多に見られなくなった丸くて赤いポスト。この姿になったのは、改良を重ねた末の明治34年のことだそうです。雪を被った昔ながらのポストに、温もりと安堵感を覚えます。丹沢湖記念館周辺の保存地域に立ち、今でも現役で生活の中に溶け込んでいるのでしょう。冬の詩情たっぷりな平和な日常が浮かびます。

春を待つフェリー運休中の浜
静岡県静岡市 山田由紀子
(評)柔らかい日差しが、冬でも春でもない微妙な季節の移り変わりを写し出し、「春を待つ」雰囲気によく似合っています。透明な板に航路の駿河湾の地図が描かれています。フェリーが動き出すのを待つ洒落た椅子やテーブル。美しい砂浜も想像させ、お洒落な写真俳句です。

裸木の肩を寄せ合ふ玻璃の窓
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
(評)「玻璃(はり)の窓」とはガラス窓のことです。重厚で古風なヨーロッパの街角を彷彿とさせる飾り窓に、青空と「裸木」が写り込んでいます。裸木は枯れているように見えますが、春には芽吹くエネルギーを秘めています。窓の一つに心が動いた作者。読者には小さな存在から切り取られたあらゆる景色を想像する楽しさがあります。

ゆらゆらを集め賑う冬灯
徳島県徳島市 今比古
(評)「ゆらゆら」しているのはヨットハーバーの船、夕闇の川に立つさざ波、ビルの灯りと迫り来る暗雲。これらが相まって、大きな筏のステージを演出しています。本来ならば美しい冬茜が広がる景ですが、まるでヨットハーバーが雨雲に幽閉されてしまったかのようです。暗雲に暗く感じるところを、「ゆらゆらを集め」と明るく、それらが賑わうとまで詠む作者のセンスが光ります。
<入選>
※俳号で応募された方は、原則として俳号で掲載させて頂いております。