HAIKU日本2023全国俳句大会 年間賞発表

年間賞
ていねいに拭く八月の証言台
[ 東京都青梅市 渡部洋一 ]

(評)「俳句歳時記」において、一月から十二月までどの月も季感を有する詩語として載録されています。一句にどの季語を持ち込むかは、作者の創意工夫の対象です。ほかの季語でも成立する、ほかの季語のほうがもっと句意が豊かになる、と読者が思える隙がうかがえると、作品の訴える力が弱くなってしまいます。掲句の「八月」に触れ、とても有意な一句になっていると感銘を受けました。「八月」は日本の歴史的転換点の意味合いがありますので、季節の時間性を超えた象徴詩の世界として掲句が屹立しています。証言台は、裁判において証人や当事者が証言をしたり、質問に答えたりする場所です。歴史性を呼び込む「八月」を配することで、事象の報告にとどまらない、緊張感ただよう象徴詩となっています。


HAIKU日本2023全国俳句大会 春の句大賞

大賞
亀鳴くを嬰は聞いてるやもしれぬ
[ 群馬県邑楽郡 小林茜 ]

(評)「亀鳴く」という季語は、藤原為家の「川越のをちの田中の夕闇に何ぞときけば亀のなくなり」が典拠とされる。実際には亀が鳴くわけではないが、亀が鳴いたと受けとめる風狂や遊びごころをたいせつにしたい。「亀鳴く」という季語には、ユーモアやペーソスをのせた実作例が多い。掲句では、嬰ならば亀の鳴き声が聞こえているのではないかという洞察がおもしろい。確かに、まだ自我や常識に染まっていない無垢な赤ん坊ならば、亀の鳴き声が天使のささやきのように、心に響いてくるのかもしれない。すやすやと眠る嬰が夢を見て笑ったり、泣いたりすることがあるが、どこかで鳴いている亀に反応していると思うと、一段と赤ん坊の存在が不思議にも神聖にも思えてくる。作者の観察と発想力の光る佳吟だ。

珠玉賞

珠玉賞
いつせいにひらがなとなり翔ぶ蝶よ
[ 大阪府大阪市 清島久門 ]

(評)待ち侘びていた春を謳歌するように生き物たちは活動を始めます。木々は芽吹き花が咲き、鳥たちは歌い始め、冬眠していた動物たちは動き出します。春の躍動感が感じられ「ひらがなとなり」が蝶の翔ぶ様を上手く形容しており、たおやかな蝶たちの飛翔が描かれています。一斉に翔び立った、目の前の瞬間を捉えた珠玉な作品です。上五に「いつせいに」と置くことで、春の息吹がより一層感じられます。

珠玉賞
春光をサラダに和える朝餉かな
[ 宮城県仙台市 渡辺徹 ]

(評)「春光を和える」という詩情は、なかなか出てこないものです。作者の深い句心を映発したもの。たっぷりと野菜の入ったサラダボウル。レタスやサラダ菜、ホウレンソウ、アスパラガス、菜の花などみんな春の季語ですが、大きな器の中で踊るように混ぜられている様が浮かびます。感じたままを素直に表現した作者の新鮮な叙情の世界が冴えていて、健康的な一日が快適に滑り出したことが想像できます。

秀逸句

花冷に蒸し器顔寄す中華街
[ 千葉県佐倉市 佐々木宏 ]

(評)「花冷」は桜の咲く頃の冷え込みを言います。この頃は天候が定まらず、一時的に急に寒さが戻ることがよくありますが、こんな日こそ温かいものが欲しくなります。「蒸し器」に入れられて運ばれてきたその瞬間の場面が浮かび、「花冷」と温かい食べ物との取り合わせが絶妙です。心情を季語に託した軽妙で味のある一句。

冴え返る花街の空を午後の鳶
[ 東京都練馬区 符金成峰 ]

(評)「花街」を「かがい」と読ませて定型となる一句。季語「冴え返る」は、立春を過ぎて再びぶり返す寒さのこと。緩んでいた気持ちも引き締まったような感覚があります。芸者屋や料理屋が立ち並ぶ色っぽい「花街」の空がくっきりと読者に届きます。その空に「午後の鳶」がゆったりと舞う姿がクローズアップされます。

青き踏む風の拳を喉で受く
[ 東京都日野市 高山夕灯 ]

(評)春の若草を踏みながら野山を散策する「青き踏む」。爽快な気分を伝える季語です。そんな野原にそよぐ春風を「喉で受く」という、春になった喜びを心から満喫しているかのような一句が心に響きます。季語に続く斬新な十二音の措辞に、春風の優しさが感じられます。

梅こぼるただ己が香をたづさへて
[ 神奈川県川崎市 下村修 ]

(評)花の終わりの表現は花によってまちまちですが、梅は小さい花びらがぽろぽろと落ちることから「こぼる」と表現され、涙がこぼれる様に似ているからだとも言われています。「たづさへて」と「て」止めにしたのも、この句に詠まれた世界観を美しく昇華させています。梅という素材ひとつに絞り込み、梅にある孤高の美しさを引き出しています。

初桜背に教え子らハイパチリ
[ 神奈川県横浜市 鷹乃鈴 ]

(評)七・五・五の破調の一句。「初桜」はその年になって初めて咲いた桜の花。開花も満開の時期もほとんどの地域で三月中のこととなり、昔に比べて随分と早まりました。下五の「ハイパチリ」でその場の情景がよく浮かび、読み手を楽しい気分にさせてくれます。校庭に咲き始めた桜をバックに記念の写真を撮る教え子らの弾む心も見えてくる作品です。

ぐんと振るテニス部春を打ちにけり
[ 神奈川県横浜市 竹澤聡 ]

(評)ぶんと振るのではなく「ぐんと振る」と詠んだのがこの句の面白いところです。「テニス部が打つ」としたところに新鮮さがあり、その光景がよく見えてきます。「ぐんと振る」景は力強く、日焼けした若者たちの姿がイメージできます。春の陽気の中での楽しそうな部活動の様子を伝え、青春真っただ中にある眩しさを引き出しています。

解雇通知の三行や啄木忌
[ 岐阜県土岐市 近藤周三 ]

(評)石川啄木は情熱の赴くままに各地を転々とし、貧困と病気に苦しみながら短い人生を終えました。歌人・詩人として明治時代に活躍した人物ですが、啄木の短歌は三行書きのスタイルで、身近な現実を詠み己の人生に迫りました。三行の「解雇通知」に啄木を重ね合わせ、解雇通知さえもそれがどうしたという作者の余裕が感じられます。

麦を踏む麦の影視て強く踏む
[ 大阪府池田市 宮地三千男 ]

(評)「麦を踏む」姿は日本の長閑な原風景の一つと言えます。昔を忍ぶ日本の農業の細かさですが、「麦の影視て」には体験した人でなければ言えない重みがあり、土の感触さえ読者に届けてくれます。「麦」のリフレインが余情と深みを感じさせ趣のある一句です。

父からの謝罪一行かひやぐら
[ 大阪府寝屋川市 伊庭直子 ]

(評)「かひやぐら」は蜃気楼のことで、地上の物体が浮かんで見えたり、遠方のものが近くに見えたりします。作者にとって父からの謝罪の一行は思いがけない出来事だったのでしょう。内容を作者は明らかにせず、読者は考えさせられてしまいます。作者の巧みなところです。謝罪の一行は現実だったのかを含めて、読み手の想像力を掻き立てます。

盆梅の紅白黄色茶の緑
[ 兵庫県尼崎市 大沼遊山 ]

(評)今年の「盆梅」に心から満足している様子が覗える作品です。色彩豊かに詠んで、「茶の緑」と対比させた個性的な一句に惹かれます。梅の花の馥郁とした香りに包まれた席でいただく抹茶の味はまた格別でしょう。丹念に育てられた「盆梅」の姿を、たくさんの色を並べて詠み俳句に遊ぶ作者。色とりどりの梅を想像するだけで、読み手にも作者の心持ちが伝わってきます。

菜の花や母の畑でありし場所
[ 兵庫県三田市 立脇みさを ]

(評)今は菜の花でいっぱいでも母の畑であった頃は、きっとたくさんの野菜を育てていて、その思い出も懐かしく蘇っていることでしょう。今を盛りと咲いている「菜の花」。きっと母もそれを見て喜んでくれているに違いないと、そんな気持ちにさせてくれる優しい一句です。母を想う風情が淡々と伝わってきて、淋しさと温もりの入り混じった心を揺さぶられる秀句。

曇天にしとりと浮かぶ山桜
[ 広島県広島市 朋栄 ]

(評)「曇天」の日のその湿りの中で見る「山桜」。しっとりを略した「しとり」の副詞が効果的です。古より詩歌で詠まれてきた山桜の気品のある美しさを、より一層浮かび上がらせてきます。山桜の姿を、まるで山水画のように上手く仕立てています。艶やかな若葉と共に開花した一重のピンクの花が静かに山里に佇んでいます。

囀の庭に口笛返しをり
[ アメリカ合衆国オレゴン州 ロイ美奈 ]

(評)雄の縄張り宣言や雌を誘うラブコールで、様々な鳥たちが鳴き交わす春。春の訪れを喜ぶかのように、一斉に賑やかになったのでしょう。「囀の庭」と詠むことで、作者の庭にも鳥たちがひっきりなしに立ち寄っては、美しい声を聞かせている様が届きます。鳥たちに思わず口笛で応える作者。うららかな春の日のひとときが鮮やかに切り取られています。

入選

啓蟄やトンネル抜けて富山湾
茨城県日立市 松本一枝
春光や母亡き部屋の古鏡
栃木県宇都宮市 光光星
校章を胸に大きく一年生
栃木県宇都宮市 光光星
木の根開くこもりびと皆休火山
群馬県伊勢崎市 白石大介
老いし身の生命の記録花月夜
埼玉県加須市 佐藤貴白草
廃校をそっと見果つる桜かな
千葉県佐倉市 佐々木宏
風光る昭和の恋は今も恋
東京都葛飾区 泉田夕輝
部屋はみな絶景にあり海市立つ
東京都青梅市 渡部洋一
鼻唄をやめて空みて春夕焼
東京都小平市 佐藤そうえき
金縷梅よ安全靴の爪先に
東京都三鷹市 械冬弱虫
断ち切れぬものにしがらみ鳥帰る
神奈川県相模原市 渡辺一充
蝶の乱入実験はやり直し
神奈川県茅ケ崎市 坂口和代
図書ルーム静かなり春のメラメラ
神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦
末黒野拡ぐ津軽は今だ真白なり
神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦
深海魚酔うて町屋の花篝
神奈川県横浜市 要へい吉
菜の花やコントラストに白の舞い
神奈川県横浜市 教示
春温しピンクも白も開花急く
神奈川県横浜市 前田利昭
旅立や浮かぶ涙に花の雲
新潟県南魚沼郡 高橋凡夫
三月の空に荷物を置いてきた
富山県滑川市 祐宇
眼前の瞳と藤の花は夢
石川県金沢市 ゆういちろうの星
逃水を追いかけてなお続くみち
長野県埴科郡 竹内辰輔
山峡の桜の孤独幾歳月
静岡県袋井市 木村真弓
望郷や抱く儚さ庭つつじ
愛知県名古屋市 あめきのこ
鷹山や梅は咲くもの咲かすもの
愛知県名古屋市 あめきのこ
ことしこそふみなるこころ春一番
愛知県名古屋市 あめきのこ
春うらら母のひざにて夢まくら
愛知県名古屋市 うつけ坊
伊予柑の皮捨て難し二七日
愛知県名古屋市 栗林奈緒
朧月夫は迷子の歳となり
愛知県名古屋市 香坂泉
病み上がり妻の朝餉の蜆汁
三重県松阪市 谷口雅春
夏近し靴下の丈くるぶしに
京都府宇治市 どすえ輝久
柴犬は木陰に眠る夏近し
京都府宇治市 どすえ輝久
雨戸から朝日の帯の春埃
大阪府池田市 宮地三千男
鉄棒を回れば青き春宇宙
大阪府池田市 宮地三千男
車椅子に宇宙から来る紋白蝶
大阪府伊丹市 ひこばえ
花は霏々日暮れに小さなお葬式
大阪府大阪市 清島久門
海市からとしか思へぬ請求書
大阪府大阪市 清島久門
ゴスペルに嫉妬し目刺二尾炙る
大阪府大阪市 清島久門
古希といふ飛花より軽き文字ふたつ
大阪府大阪市 清島久門
睦まじき二人の影に桜散る
大阪府大阪市 安子
野遊びやひとりフルート吹く少女
大阪府堺市 伊藤治美
雨粒にそれぞれの音卒業す
大阪府堺市 森野哲州
山鳩のつま恋ふ聲や春愁ひ
大阪府寝屋川市 伊庭直子
かますごの獲れぬ海にも春暮る
大阪府泉南郡 藏野芳男
ぶらんこの軋み路電の軋みかな
兵庫県尼崎市 大沼遊山
工場の交代勤務春の月
兵庫県尼崎市 大沼遊山
三月を終える男のハイボール
兵庫県尼崎市 大沼遊山
声弾む桜蘂降るランドセル
兵庫県神戸市 鞍馬睦子
芳春尾の通り道猫が行く
兵庫県西宮市 森田久美子
照り返すイルカの背なや春の海
兵庫県姫路市 和田清波
その笑窪八重いや十重の樺桜
奈良県生駒郡 葉月十八
発つ君を送るひとひら桜散る
奈良県生駒郡 葉月十八
見納めや花のトンネル人の波
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
玉砕の忘れ得ぬ地に桜咲き
和歌山県橋本市 徳永康人
児と競ふ片足立ちや寒の明け
島根県出雲市 天野佳子
重たげに白木蓮の花揺らぐ
広島県福山市 林優
日曜はブランコの音目覚ましに
山口県下関市 山元時枝
肉屋突然の閉店春おぼろ
山口県山口市 鳥野あさぎ
燕来る今年も供養するごとく
徳島県阿南市 白井百合子
夕暮れて墨絵ぼかしの山桜
徳島県阿波市 井内胡桃
掌に受ける子猫の目に力
徳島県阿波市 井内胡桃
猫のみに告げし片恋春炬燵
香川県綾歌郡 岩本稔
宇和のリアスのいろくずや桜鯛
香川県仲多度郡 佐藤浩章
大黄砂外出禁止と妻の檄
福岡県北九州市 赤松桔梗
春雨や小鳥も飛べるほどほどに
佐賀県唐津市 浦田穗積
嫁ぐ前最後に母と雛飾り
大分県大分市 牧吏恵
落椿ふたたび雨の庭となる
大分県豊後大野市 後藤洋子
心地好い公園散歩春の風
鹿児島県鹿児島市 有村孝人

HAIKU日本2023全国俳句大会 夏の句大賞

大賞
祖父の手にプリズム散らす夏蜜柑
[ 東京都日野市 高山夕灯 ]

(評)夏蜜柑は、初夏に食べごろを迎える柑橘で、果実は大きく、酸味が強いのが特徴です。祖父の手にある夏蜜柑は、いましがた庭の木から捥いできてくれたものでしょうか。夏蜜柑に初夏の日があたり、まばゆいばかりに輝いて見えるさまが一句に表現されています。「プリズム散らす」という中七の措辞がとても新鮮です。この表現の中には、夏蜜柑を眩しく見る作者の感動だけではなく、夏蜜柑を採ってきて孫が自然に触れる機会をつくり新しい物事を教えてくれる祖父への畏敬の念も込められているのでしょう。夏蜜柑の酸っぱさを教えてくれた祖父とのかけがえのない思い出の一齣が、光褪せることなく一句のなかに息づいています。

珠玉賞

珠玉賞
出目金の二つは奴の心なり
[ 大阪府池田市 宮地三千男 ]

(評)「出目金」の大きな二つの眼に、心が宿っているという着眼点がユニークです。そんな発想をする作者の人情や人柄までもが楽しく想像されます。確かにキョロキョロ動く出目金の眼はそれぞれに違った動きをしますが、こんな見方をする作者の独特の感性が俳諧味たっぷりの句を生みました。

珠玉賞
炎天の声に従ふ辻回し
[ 兵庫県尼崎市 大沼遊山 ]

(評)「辻回し」と言えば日本三大祭りのひとつ、京都の祇園祭の山鉾巡行の一コマ。掲句は巨大な山鉾の進行方向を変える「辻回し」の迫力を言い得て妙。大通りでは豪快に回す様が見られる一方、小路では指示役の誘導で微調整を繰り返しながら向きを変えます。祭り囃子ではなく「炎天の声」で、その場面を彷彿とさせます。暑さも吹っ飛ぶ程の景を見事に描き出し、その緊張感が伝わってきます。

秀逸句

睡蓮に音無き風のすべりけり
[ 東京都渋谷区 駿河兼吉 ]

(評)印象派の巨匠・モネが好んで描いたのが「睡蓮」です。熱帯原産の多年生水草で赤、白、黄の可憐な花を付けます。水面で微かに揺れた睡蓮を見た作者の確かな写生の眼が感じられ、読み手にその場面を明瞭に伝えます。沼や池の穏やかな水面に浮かぶ睡蓮の美しい姿が浮かびます。

夕焼けてさびしき鬼の木となりぬ
[ 神奈川県川崎市 下村修 ]

(評)鬼ごっこをして遊んでいた子供たちが、だんだんと家に帰っていく。そんな夕暮れ時の光景が浮かびます。鬼役の子だけが残ってしまった昭和の残影のようなノスタルジーが漂い、完了の「ぬ」で止めて効果的な一句に仕上がっています。取り残されたように夕焼けの街に立つ、一本の「鬼の木」。一つの物語のラストシーンを思わせるような一句です。

夏つばき足の踏み場もなかりけり
[ 新潟県南魚沼郡 高橋凡夫 ]

(評)「夏つばき」は夏に椿に似た五弁の白い花を咲かせ、別名「沙羅の花」とも呼ばれます。散り敷かれた様が見事に描かれた一句一章句で、大地に還った花を「足の踏み場もない」と詠んだ作者。「夏つばき」に話し掛けるように詠んだ一句は、ユニークさを感じさせます。目の前にある実景を詠んだ写生句の魅力に溢れています。

山ひとつ包み込みたる大花火
[ 山梨県中央市 甲田誠 ]

(評)夏の夜を楽しむ様が臨場感を持って詠まれています。一山を包み込むという大花火はどれ程のものなのか・・・。「山ひとつ包み込みたる」の措辞が読者の想像を掻き立てます。夜空に輝く絢爛たる大輪の花火は言うまでもなく、打上げの迫力ある音や地面を這う振動なども伝わってくる豪快な一句。

夜涼みやドーナツ盤に落とす針
[ 長野県埴科郡 竹内辰輔 ]

(評)作者は20代の若い俳人。現代にあってもレトロファンは多くいて、NHKのラジオ深夜便などでも、ドーナツ盤での音楽を楽しむコーナーがあります。「ドーナツ盤に落とす」の措辞によって、ゆったりと流れる至極の時間が伝わってきます。部屋の窓を開けて涼しさを感じながら詠んだ味わい深い一句です。

鬼虎魚「文句あっか」の面構え
[ 岐阜県土岐市 近藤周三 ]

(評)何とも言えず滑稽味たっぷりの秀作。主役はオレだと言わんばかりに置かれた一品の「面構え」。荒々しい風貌が「文句あっか」と言っているかのように思えたのでしょう。味は“夏の河豚”と呼ばれるほどの美味。「こう見えても、すこぶる美味しいんだぜ」と我が身を誇る「鬼虎魚」の声が聞こえてきそうです。

自販機やコインと汗の落ちる音
[ 愛知県名古屋市 あめきのこ ]

(評)「コイン」と「汗」の取り合わせがとても良く、素直な詠法が魅力を放っています。「コイン」の落ちる音とポタポタ落ちる「汗」の音。猛暑の中やっと自販機を見つけたのか、どこかホッとしたような感覚が漂います。五感を研ぎ澄ませ、音をリアリティーを持って詠んだ味のある巧みな作品です。

シャツの柄気にして八十路サングラス
[ 三重県松阪市 谷口雅春 ]

(評)シャツの柄が少々派手目ではないかと、気になりながらサングラスを掛けて外出。少々弱気になる心をカバーし、数倍強くしてくれる代物が「サングラス」。解放感ある夏のお洒落に挑戦する「八十路」の微妙な心理と実感で、日常のことをさらりと詠み上げた俳諧味のある秀句です。

髪洗ふ足芸人の薄い背よ
[ 大阪府大阪市 清島久門 ]

(評)“足”が付くので樽回しなどの足技を特技とする芸人と想像できますが、人気はまだまだなのでしょう。「薄い背」がそのことを物語っているようです。「足芸人」の哀愁が一句の中に漂います。背中を丸めて髪を洗う芸人への労りの心情が見て取れ、優しさに溢れる一句となっています。

香水を贈られし夜婚約す
[ 兵庫県三田市 立脇みさを ]

(評)「婚約す」という素敵な言葉が印象的な一句。汗の匂いが強くなる夏の身だしなみとしても使われることから、夏の季語である「香水」を思い出と共に詠んだ句は、季語の持つイメージを遥かに超えた優美な響きを醸し出しています。人生の節目となった夏を蘇らせるロマン溢れる秀句。

夕立や父のポマード買うた店
[ 山口県山口市 鳥野あさぎ ]

(評)「夕立」と「ポマード」の斬新な取り合わせが魅力の一句。「ポマード買うた」の優しい響きが懐かしさをより一層深めます。ノスタルジアを感じさせ、「ポマード」の懐かしい響きに昔の父親像が蘇ります。古き良きものへの哀愁と父を想う心情が相俟って、印象深く心に刻まれる秀句です。

さみしくて空が見たくて浮く海月
[ 徳島県阿波市 井内胡桃 ]

(評)海の月という字のイメージだけでもロマンチックな「海月(くらげ)」。ふわふわと漂う様は儚く美しく、見ているだけで癒やされます。「さみしくて空が見たくて」の十二音がとても美しく響き、読者の心を詩情世界へと誘ってくれます。「海月」の気持ちを慮って、見つめている作者の姿が浮かびます。

ぬばたまの闇こそ燃ゆる螢かな
[ 大分県豊後大野市 後藤洋子 ]

(評)「ぬばたま」はヒオウギの種子のこと。丸く光沢のある黒色の種はミステリアスで、「夜」「夕」「闇」「髪」など黒い色に関連した語にかかる枕詞です。そんな闇夜こその「螢」。螢の光る様には様々な表現がありますが、「燃ゆる」とはなかなか表現しないもの。作者の特別な想いが託されているようです。「ぬばたま」と相まって艶やかさを漂わせています。

入選

「ありがとう」愛犬に置くグラジオラス
青森県十和田市 杉田悟
凜と咲くかくありたいと睡蓮花
岩手県大船渡市 蓮
一斉に虞美人草の首傾ぐ
岩手県北上市 川村庸子
河童ども溺れてをりぬ梅雨出水
宮城県仙台市 渡辺徹
五回踏むブレーキランプ夏の月
茨城県常陸太田市 舘健一郎
嘴細やなにやら忙し草の夏
栃木県宇都宮市 大串考三
夕されば竹皮一枚落つる音
埼玉県行田市 吉田春代
夏の夜を彩る儚き火と日々よ
埼玉県草加市 斉之平憲司
梅雨霧に景色を想い青をみる
埼玉県吉川市 鈴木真理子
藤椅子の跡残りける腿の肉
千葉県市原市 浜田こと葉
赤靴に似合ふ少女の夏帽子
千葉県佐倉市 佐々木宏
喧騒を波間に隠す夏の浜
千葉県佐倉市 佐々木宏
ねばりつく明けの明星原爆忌
千葉県松戸市 吉田寛子
クレーンの麒麟のみ込む大夕焼
東京都足立区 yuriha
白百合に雨音優し寺の道
東京都葛飾区 泉田夕輝
白き石は太陽の忘れ物
東京都江東区 ねこさん
モネの庭めく睡蓮の白と紅
東京都渋谷区 駿河兼吉
羅や心はいつもシャンソンで
東京都渋谷区 駿河兼吉
折り鶴は人語に優る原爆忌
東京都練馬区 符金徹
省エネのみんなで団欒夏休み
東京都目黒区 ワーグナー翔
反撃のチャンス白扇ピタリ止む
東京都青梅市 渡部洋一
青春の3.14・・・ソーダ水
東京都小平市 佐藤そうえき
避暑の折意固地になって追う熱源
東京都三鷹市 械冬弱虫
万緑や大地に化石眠らせて
神奈川県相模原市 渡辺一充
山小屋や取り出す星座早見表
神奈川県茅ケ崎市 坂口和代
笛太鼓賽の杜沸く夏越祭
神奈川県横浜市 鷹乃鈴
ウォーキングぐんぐん進む夏帽子
神奈川県横浜市 竹澤聡
薔薇の路紅茶の香り父眠る
神奈川県横浜市 前田利昭
短夜に舞い上がってく光の声
新潟県長岡市 北原柊平
ひたむきに生きて西日の台所
富山県滑川市 祐宇
夕立の中をゆっくり歩みたり
石川県小松市 上田俊朗
青春の形見はラムネ瓶の中
長野県埴科郡 竹内辰輔
撫でながら遺品捨てゆく聖五月
静岡県湖西市 市川早美
夏至すぎて水は充分待ちわびる
静岡県静岡市 波留
遠い空遙か心の水芭蕉
愛知県名古屋市 あめきのこ
蝉鳴くやこころ止めたし木陰あり
愛知県名古屋市 あめきのこ
海猫の溢るる埠頭風出づる
愛知県名古屋市 香坂泉
父の日や初の料理は玉子丼
三重県松阪市 谷口雅春
迷い道目にも足にも滝涼し
京都府京都市 逢花菜子
大空の色降り注ぐ青田かな
京都府京都市 古川邑秋
夕凪や乳房含ませ寝かせつく
大阪府池田市 宮地三千男
万緑をうち敷く海の光かな
大阪府池田市 宮地三千男
次男とは控えぬものよ上鰻丼
大阪府大阪市 清島久門
百年蔵の閂翳る原爆忌
大阪府大阪市 清島久門
夏の雲牛一頭が島を去る
大阪府大阪市 清島久門
先輩の汗の匂ひを袈裟固め
大阪府大阪市 清島久門
雲の峰蔓は思いのままに伸び
大阪府大阪市 安子
炎帝や人体の影透く痛さ
大阪府堺市 森野哲州
あるがまま生きて紅薔薇を愛しけり
大阪府寝屋川市 伊庭直子
野馬の喰む夏草までも空なるや
大阪府寝屋川市 伊庭直子
一軒の茅葺き替える村薄暑
兵庫県尼崎市 大沼遊山
靴音の軽き車掌の夏帽子
兵庫県尼崎市 大沼遊山
墓終い砂の更地を蟻走る
兵庫県姫路市 和田清波
征く列車田を揺らすのは青嵐
奈良県生駒郡 葉月十八
二人乗りひしと抱きつく蝉の殻
奈良県香芝市 香坂与色
峰雲や急坂さらに伸びゆきて
広島県尾道市 広尾健伸
五月雨やくすぶる恋は冷めやらぬ
広島県広島市 朋栄
帰宅後も取り敢えず先ずビール
広島県福山市 林優
悠久の時を切り取る蝉時雨
山口県下関市 山元時枝
今治港望む天守を麦嵐
徳島県徳島市 京
粽とき過ぎし一年振りかえる
徳島県徳島市 京
葉っぱみな裏返りたる大暑かな
徳島県阿波市 井内胡桃
鈴蘭や心耳に風のささめごと
福岡県飯塚市 日思子
梅雨明の朝かげ映ゆる潦
福岡県飯塚市 日思子
旧友のいとなむ酒場夏の夕
福岡県久留米市 うろたんし
見つけたよ旅の目的南十字星
大分県大分市 牧吏恵
戦争を知らずに育つ夏帽子
大分県国東市 吾亦紅
紫陽花やパレットはみな雨の色
大分県豊後大野市 後藤洋子
砂浜を歩く波音夕凪に
鹿児島県鹿児島市 有村孝人
隠り沼に泡二つ三つ半夏生
アメリカオレゴン州 ロイ美奈
ゐもり釣る児らの声して午後の沼
アメリカオレゴン州 ロイ美奈

HAIKU日本2023全国俳句大会 秋の句大賞

大賞
ウクライナもロシアも知らぬ案山子かな
[ 大阪府大阪市 清島久門 ]

(評)ロシアのウクライナ侵攻は泥沼の様相を呈しています。何のための戦争なのでしょうか。こんな世界情勢と取り合わせるのは、昔ながらの暢気さのまま、収穫を待つ秋の田に佇む「案山子」。「案山子」は知らぬとした一句には、作者の様々な思いが込められていて、危ない時代に生きる不安を際立たせています。

珠玉賞

珠玉賞
新涼や足取り軽くブルドッグ
[ 東京都目黒区 ワーグナー翔 ]

(評)猛暑を通り越して、散歩の途中の「ブルドッグ」も息を弾ませることも無くなったのでしょう。「足取り軽く」と感じた作者の弾んだ気持ちが現れています。「新涼」と「ブルドッグ」の取り合わせに妙味があり、清々しさを満喫する作者の足取りも自然と軽くなっていく様子が伝わってきます。

珠玉賞
菊人形胸の小菊が咲き揃う
[ 徳島県板野郡 犬伏峰子 ]

(評)「菊人形」は秋の風物詩の一つと言えます。最近は昔ほどの派手さはなくなったものの、菊師の情熱は連綿と受け継がれています。しなやかで作業しやすい「小菊」は、人形に着付ける際に用いられます。展示の期間に開花を合わせるための苦労も大変なことでしょう。そんな苦労をねぎらうかのような作者の優しさが感じられる一句です。

秀逸句

孫の髪梳いて震災記念の日
[ 埼玉県行田市 吉田春代 ]

(評)「震災記念の日」は、大正12年9月1日午前11時58分に発生し関東一円で莫大な被害を被った、関東大震災の犠牲者の霊を弔う日です。可愛い孫の髪を梳いてやりながら、この日に当たることを思い出したのでしょう。「この子たちの時代がどうか平和でありますように」と願う作者の横顔が見えてきます。

渓谷は墨絵ぼかしに冬支度
[ 千葉県佐倉市 佐々木宏 ]

(評)冬に向かっての支度は、深い山々ではことさら大変でしょう。晩秋の趣きが残る「渓谷」は、季節が進むにつれ枯色になります。「墨絵ぼかし」が目の前の景を読者に思い浮かばせ、観察眼の優った写生俳句となっています。墨絵の持つ濃淡の美が、晩秋の佇まいを伝えてくれます。

恋の歌詞もらい鈴虫もらいけり
[ 東京都葛飾区 泉田夕輝 ]

(評)配合と言うよりも二物衝撃のシュールな作品。「もらい」のリフレインが面白味を出した一句です。若さ溢れる詠法で、作者のこれからの俳句が大いに楽しみです。作者のウキウキした気持ちが伝わってきて、読み手も楽しい気分にさせてくれます。

父の歳超えて余生の風は秋
[ 東京都練馬区 符金徹 ]

(評)「風は秋」としたことで余情も深みも増しました。流れるようなリズムで作者の心境を表わし、「秋」の言葉から感じる侘しさや寂しさよりも、楽しみにしていた秋がやってきたことを喜ぶ作者の姿が見えます。自らの人生に対する感慨が伝わってきて、味わい深い境涯俳句となっています。

朝露をまとふ立札小さき畑
[ 神奈川県茅ヶ崎市 つぼ瓦 ]

(評)「立札」が自分の農園であることを示している貸し農園を思い浮かばせます。消えやすく、儚いものにたとえられる露。殊に「朝露」は日が昇ると間もなく消えてしまいます。農作物や辺りのもの皆が、露に濡れた清々しい朝の瞬間を詠んだ秀吟となりました。

パソコンに一句入力夜寒かな
[ 石川県小松市 上田俊朗 ]

(評)晩秋に夜分寒さを覚えるのが「夜寒」。普段通りの暮らしを詠んだ然り気ない一句に、作者の生活感が出ています。日常の出来事が何か捨てがたいような哀愁を漂わせています。終助詞「かな」が一句全体を包み込んで、効果的な秋の一句となりました。

割算の苦手といふ子西瓜割る
[ 京都府京都市 古川邑秋 ]

(評)「割算」が苦手な子供は、「西瓜」を割るときに苦労するのかもしれません。等分に分けるのは、なかなかの難問です。掲句は一句一章句として捉えることが出来、作者の優しい眼差しが感じられます。発想に意外性と面白みがあり、読み手にもほのぼのとした景を思い起こさせます。

南部鉄風の調子や涼新た
[ 大阪府池田市 宮地三千男 ]

(評)重厚感ある様からは想像できないほど、高く透き通った音色が愛される南部鉄器の風鈴。音色が長く鳴り響くのも魅力のひとつです。季節は秋になって涼しさを感じ始めた頃、その吹く風を「涼新た」と言います。中七の「風の調子や」に妙味があり、初秋の冷気の心地よさが漂ってくるようです。

メモ紙のたつきつましやつづれさせ
[ 大阪府寝屋川市 伊庭直子 ]

(評)「つづれさせ」は綴刺蟋蟀(つづれさせこおろぎ)のこと。りーりーりーと鳴く声を昔の人は「肩刺せ、裾刺せ、綴れ刺せ」と聞いて、着物の綻びを縫い直せと教えているのだと言います。「たつき」とは生計のこと。「メモ紙」もチラシなどを使っていると思わせてくれます。冬に向かっていく秋の寂しげな情趣を詠んだ一句で、慎ましやかな暮らしぶりが垣間見えます。

猪の首を洗う蛇口の音激し
[ 兵庫県姫路市 和田清波 ]

(評)なかなか見られない猟師の捌きの場面を想像させ、読者をゾクッとさせるものがあります。「猪(い)」は秋の季語。深まる秋の中、狩猟の場面とその後を連想させて、現実以上にリアリティのある迫力の作品となっています。「蛇口の音」の激しさを詠んで、獰猛な猪の姿を浮かび上がらせる技の上手さがあります。

雀きて遊ぶ庭先子規忌かな
[ 徳島県阿波市 井内胡桃 ]

(評)「稲の波かぶりて遊ぶ雀かな」「いそがしや昼飯頃の親雀」など子規は雀の句も多く残しています。忌日は9月19日。寝たきりになった子規の目を四季折々に咲く草花や、庭にやってくる鳥たちが大いに楽しませたことでしょう。そんな子規の目線で詠んだような一句が心に沁みます。「かな」の詠嘆がこの上なく優しく響きます。

柿落とすからすの心唯知るぞ
[ 大分県大分市 牧吏恵 ]

(評)大胆で粗削りなところが魅力の俳句です。副詞としての「唯」が効いていて、「柿落とす」のは「からす」のみが知ること。下五の強調の助詞「ぞ」で切ったのも効果的な一句です。からすの他は誰も知らないに違いないことを強調し、作者の気持ちを込める働きをしています。

入選

山峡の父母の棚田や秋澄みぬ
宮城県仙台市 渡辺徹
スカートの裾の湿りや夜這星
群馬県邑楽郡 小林茜
無常無我まぶたの裏に無月よし
埼玉県川越市 一の橋世京
魂の色は何色流れ星
埼玉県比企郡 みかん成人
天高し空き缶のプル反り返る
千葉県千葉市 千葉信子
短針の寝相の吾子に添う月夜
千葉県松戸市 弥栄弐庫
名を問うてその後うつむく蛍草
東京都渋谷区 駿河兼吉
啄木鳥の音や遺跡の丘暮るる
東京都渋谷区 駿河兼吉
苦瓜の綿はモスラや雲暗く
東京都練馬区 中野寛治
秋渇き散歩でかき消す罪悪感
東京都目黒区 ワーグナー翔
どうなるの男女七人秋深し
東京都小平市 佐藤そうえき
瓶も缶も捨てて蜩風に乗る
東京都日野市 高山夕灯
秋の星ぽつりぽつりと位置につく
神奈川県川崎市 下村修
少しだけ奇蹟を信じ星流る
神奈川県相模原市 渡辺一充
地球へと落涙のごと流れ星
神奈川県相模原市 渡辺一充
鎌を研ぐ父の背ほのか秋茜
神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦
吾などは戻る道なき帰燕かな
神奈川県横浜市 要へい吉
秋霖や明けて唄方烏と赤子
神奈川県横浜市 鷹乃鈴
じつくりと考へてゐる棋士の秋
神奈川県横浜市 竹澤聡
がんに克つ尊い輸血秋高し
神奈川県横浜市 前田利昭
茎引けば四十三個の南瓜かな
新潟県南魚沼郡 高橋凡夫
午後九時のおむつ交換盆の月
富山県滑川市 祐宇
写生の句作らまほしき子規忌かな
石川県小松市 上田俊朗
満月は雲の果てなり波の音
石川県小松市 上田俊朗
馬鈴薯を引っこ抜く子の笑顔かな
長野県埴科郡 竹内辰輔
出産後窓を開くれば秋の風
岐阜県高山市 カモハト
「日本史」を香具師が補足の夜学かな
岐阜県土岐市 近藤周三
校庭のどろんと下がる糸瓜かな
岐阜県本巣郡 伴田聡
帰り見る草の音色や秋の夕焼
愛知県名古屋市 あめきのこ
仰ぎ蹴る飛び立つ鳥に秋の風
愛知県名古屋市 あめきのこ
面立ちの似た者寄つて墓洗ふ
愛知県名古屋市 香坂泉
帰れません医師の一言暮の秋
三重県松阪市 谷口雅春
湧水に西瓜しずめて午後を待つ
京都府京都市 逢花菜子
初セリの秋刀魚捌くや長き銀
京都府八幡市 坂本悠貴雄
日は昇る「あの広島」の秋空に
大阪府池田市 宮地三千男
四万十の津蟹も杖で秋遍路
大阪府池田市 宮地三千男
こほろぎや点滅止まぬ信号機
大阪府大阪市 小原実穂
引く波を重ねて秋の隠岐の島
大阪府大阪市 清島久門
まさに跳びたたんばかりの天狗茸
大阪府大阪市 清島久門
鳥渡る疲れた街の空低し
大阪府大阪市 清島久門
無花果の中は煌めく銀河かな
大阪府大阪市 清島久門
大空がキャンパスになる花火かな
大阪府大阪市 安子
名月は夕べに東明けに西
大阪府大阪市 安子
狛犬が口開けて待つ秋彼岸
大阪府堺市 安藤友里
山々の女神の火照り月潤む
大阪府堺市 森野哲州
コスモスや風と戯れ笑ってる
大阪府吹田市 秀爺
寂しさの結びめとけて秋茜
大阪府寝屋川市 伊庭直子
店再開目覚めの音色草雲雀
兵庫県伊丹市 ひこばえ
街の灯や雨月に人の暮らしぶり
兵庫県神戸市 北村季凜
十六月と恋のかけひきた・ち・つ・て・と・
兵庫県西宮市 森田久美子
実山椒炊く母のゐる厨かな
兵庫県三田市 立脇みさを
くみおきの水澄む今朝のつるべかな
奈良県北葛城郡 T・ジャスミン
迎え火を今年は見ざる角の家
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
連山を蜻蛉に見立て大和路を
和歌山県橋本市 徳永康人
秋夕焼正しき道か問うてみる
広島県広島市 朋栄
絶版の書に巡りたり秋日和
広島県福山市 林優
キラキラと音聞こえそな星月夜
山口県下関市 山元時枝
窓口に団栗立てて昼休み
山口県山口市 鳥野あさぎ
風鎮め豊作祈る風の盆
徳島県徳島市 京
稲刈の先頭に立つ老爺かな
徳島県阿南市 白井百合子
沸く雲に池泉ゆだぬる秋海棠
福岡県飯塚市 日思子
秋の山S字にまとわり付く蝶
福岡県久留米市 うろたんし
稲豊か古からの伝え業
福岡県久留米市 うろたんし
西海の山も紅葉にひっそりと
長崎県西海市 浅川郁代
結願へ潜る山門秋燕
熊本県熊本市 芥川卓
白桃の醸す産毛や妻を恋ふ
大分県国東市 吾亦紅
とんぼうの目玉の中の故郷よ
大分県豊後大野市 後藤洋子
盆とんぼ提灯借りる話かな
大分県豊後大野市 後藤洋子
川上る初鮭の群れ飛び跳ねる
鹿児島県鹿児島市 有村孝人
蜻蛉の堅き翅音や午後の沼
アメリカオレゴン州 ロイ美奈

HAIKU日本2023全国俳句大会 冬の句大賞

大賞
合鍵を返却ポインセチア燃ゆ
[ 宮城県仙台市 渡辺徹 ]

(評)ポインセチアは、観賞用に温室で栽培され、クリスマスのころに枝先の葉が緋紅色になります。俳句では、鮮やかな紅色の植物を炎のように燃えているようだと形容する表現技法があります。紅葉や鶏頭など、さまざまな植物の印象鮮明な色彩を幾度となく組み合わせて詠まれてきていますので、もはや共有の財産の表現です。掲句では、「ポインセチア燃ゆ」に対して、「合鍵を返却」という措辞をもってきています。これにより、合鍵を返却するに至った事情や、合鍵を返却してからのこれからの展望など、合鍵返却という一事が読者の内にストーリーを喚起し、想像を膨らませます。季語が作中人物の心情を象徴して訴えてくるようです。合鍵返却以降に、もっと素敵なドラマが待ち受けていることを予感させる、向日性のある作品で、まるで小説の一場面を思わせます。

珠玉賞

珠玉賞
勝負球やや低めにて冬の入り
[ 福岡県久留米市 うろたんし ]

(評)関西ダービーとなった今年の日本シリーズの五試合目を思い出します。阪神のルーキーが低めの球を弾き三塁打を放って、勝負を決めました。そのままの勢いで阪神は38年ぶりの日本一。こんな熱闘の場面を蘇らせてくれる俳句。「やや低めにて」の中七がこの句を際立たせており、緊迫の一瞬をさらりと伝えています。

珠玉賞
しぐるるや喪のクラクション遠ざかる
[ 大分県豊後大野市 後藤洋子 ]

(評)初冬の頃、降ったりやんだりする通り雨が時雨。伝統的に風雅な趣や無常の嘆きを含みます。時雨の降る日、出棺時に霊柩車が長いクラクションを鳴らすと、それが故人との最後の別れになります。見送りの列に遠ざかるクラクション。「しぐるるや」が一層の悲しみを誘い、哀切に満ちた余韻のある一句となっています。

秀逸句

白濁の齢に馴染む蕎麦湯かな
[ 埼玉県川越市 一の橋世京 ]

(評)季語でいう「蕎麦湯」は、蕎麦粉を熱湯で溶かし甘みを加えたもので、現代の蕎麦屋で出されるものとは異なります。蕎麦を茹でたときの汁は、蕎麦に含まれているタンパク質が溶け出しているため白くて少しとろみがあります。白濁した齢(よわい)に馴染むとは、その人の人生をも語ってくれているような何とも言えない味。一口飲めば冷えた体が暖められ、染み渡っていく様が想像できます。

人影に寒鯉微動したりけり
[ 東京都渋谷区 駿河兼吉 ]

(評)川や池などに棲む「寒鯉」は、水温が低いため泥の中に潜ってじっとしていることが多いもの。その寒鯉が人影に動いたような、その一瞬を捉えての作。かすかな動きをすかさず切り取った詠み手の感性が光ります。「微動」が極寒の水に晒されて生きる「寒鯉」の厳しさをよく表しています。

天水を軌跡に溜める冬田かな
[ 新潟県南魚沼郡 高橋凡夫 ]

(評)トラクターなどの轍の跡に、「天水」が溜まっている冬の一日の光景を詠んだ秀吟。自然への畏怖の念が感じられます。淋しい田園が思い浮かび、役目を終えた「冬田」の景がしみじみと伝わってきます。雨空の日には冬田は一層侘しさを増し、見つめる作者にも寂寥感が去来したことでしょう。

狭い部屋ずらり厚物冬来る
[ 愛知県名古屋市 神秘きのこ ]

(評)猛暑に続いた秋はあっという間に終わり、今年はすぐに冬がやってきました。セーターやコートなど嵩張る厚物がずらり並んで、部屋は衣装替えの真っ最中。冬がやってきた実感を「ずらり厚物」の中七の措辞が言い得て妙です。誰しもが実感し、共感を呼ぶ一句は「冬来る」の季語で温かな余情が広がります。

廃線のケーブルカーや山眠る
[ 兵庫県尼崎市 大沼遊山 ]

(評)廃止となった「ケーブルカー」の跡のみ残る冬の山に、盛況だった過去を想うと淋しさもひとしお。山は何事もなかったかのように静かに眠りにつきます。落葉しつくした山々が冬の日を受けて眠っているかのように見えると、擬人化したのが「山眠る」の季語。この季語が雄大な冬景色の中、ピタリと収まっています。

怪談の最初はいつも虎落笛
[ 和歌山県橋本市 徳永康人 ]

(評)思わず「虎落笛」の「ひゅ〜」の調べが聞こえてきそうです。怪談に付き物なのが、ひゅーひゅーという効果音。その音が「虎落笛」であるという作者の発想が楽しい一句。あのおどろおどろしい音が「虎落笛」と重なり、妙に納得させられてしまいます。「怪談」と「虎落笛」の取り合わせに意外性がありウィットに富んでいます。

担任はファミレス僕に六つの花
[ 山口県山口市 鳥野あさぎ ]

(評)「六つの花」は美しい結晶から名付けられた雪の異称。「担任」の先生と「僕」の関係に何があるのか、深読みさせられてしまうミステリアスな一句。何やら正反対の場所に居て、別世界の僕には雪が舞ってる様子。寒さの中、侘しさと哀愁に包まれる「僕」の姿が印象深く、破調の一句に作者の感性が冴えています。

立冬やバターゆっくり丸くなる
[ 徳島県鳴門市 井形順子 ]

(評)「ゆっくり」バターが溶けていく様を一句の眼目にして、「立冬」と取り合わせました。ゆったりと料理をしている主婦の余裕が感じられる生活詠の中に、俳句の詩としての普遍性が漂う感性の一句となっています。「溶けて」ではなく「丸くなる」と形を詠み読者に興味を抱かせます。

寂しさの煮詰まつてくる一人鍋
[ 大分県大分市 みい ]

(評)一人だけの食事は味気ないもの。だんだんと煮詰まってくる「一人鍋」に「寂しさ」を感じたという作者。鍋で身体を温めながらも感じる寂しさが、読者にも伝わり共感を呼びます。「煮詰まつてくる」が作者の心の動きをよく表わしていて、現代社会の一面を見る思いがします。

入選

故郷は天衣無縫の雪の朝
北海道札幌市 鎌田誠
初雪やいつ無くしたか片手袋
北海道札幌市 木島
小春日や大観覧車天を編む
北海道札幌市 藤田美和子
ノラ猫の末期を看取る雪蛍よ
北海道札幌市 藤根美紀子
月冴ゆる弾ける空気ノクターン
岩手県釜石市 風ゆい
除夜の鐘羽ばたけ羽ばたけ千羽鶴
岩手県釜石市 蘭延
生きる意味十四歳の冬に問ふ
岩手県北上市 川村庸子
北風の迷いかき消すガ行音
宮城県仙台市 川井進
孤独とは無縁な光石蕗の花
宮城県仙台市 繁泉祐幸
光には表と裏のある落葉
宮城県仙台市 繁泉祐幸
節分会逃げ来し鬼と盃を挙げ
山形県米沢市 山口雀昭
カヌレ焼く店は古民家木守柚
福島県郡山市 塩田陽子
明日のこと明日に任せて冬銀河
茨城県常陸太田市 舘健一郎
枯れた枝刺して手をふる雪だるま
栃木県那須塩原市 雫井雫
北の窓塞ぐ余震の微熱をも
群馬県伊勢崎市 白石大介
冬ざれを色づける如子らの声
群馬県伊勢崎市 白石大介
庭眺め五十路過ぎ行く落葉かな
群馬県邑楽郡 初日海月
木枯や湯もみの板のくるくると
埼玉県行田市 吉田春代
柿落葉それぞれの色集めけり
埼玉県行田市 吉田春代
黒コート親の思ひ出古びたる
埼玉県さいたま市 前田栄人
寒暖差昨日八月今十二月
埼玉県所沢市 ともみ
これあげるふわりと残香ほっかいろ
埼玉県新座市 佐藤真奈
連峰の樹氷ジオラマ作りけり
千葉県佐倉市 佐々木宏
風吠ゆる波尖りけり冬の海
千葉県佐倉市 佐々木宏
空っ風服の隙間に冬を呼ぶ
千葉県山武市 天野貴三
はらはらと落ちる木の葉はバレリーナ
東京都江戸川区 撫菜
病窓に再起を願う初日かな
東京都葛飾区 泉田夕輝
冴ゆる夜の夢見のとぎれとぎれかな
東京都渋谷区 駿河兼吉
初日の出全身浴びるシャワーかな
東京都杉並区 平久保好一
瘡蓋は時間の形帰り花
東京都練馬区 喜祝音
壺中は夢のあとさき去年今年
東京都練馬区 符金徹
凍滝や音を忘れて佇めり
東京都文京区 遠藤玲奈
笑顔見て胸熱くなる感謝祭
東京都目黒区 ワーグナー翔
皆と会い心を満たすクリスマス
東京都目黒区 ワーグナー翔
日溜りに爆発しそう毛糸玉
東京都青梅市 渡部洋一
室咲や果てしなくそれそんな意味
東京都小平市 佐藤そうえき
道標に里までの距離雪催
神奈川県川崎市 下村修
山眠る命は天に預けをり
神奈川県相模原市 渡辺一充
ホイッスル冬天響きノーサイド
神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦
寒の朝鉄路遅刻の猪苗代
神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦
冬星座ノートを埋める方程式
神奈川県茅ヶ崎市 結菜やよひ
谷戸坂に阿修羅のごとく落葉舞ひ
神奈川県横浜市 要へい吉
ホカホカのご飯にパカリ寒玉子
神奈川県横浜市 親睦
涙なき結婚式や冬晴るる
神奈川県横浜市 竹澤聡
北風や石切りみたく自動車へ
新潟県佐渡市 金子文誉
空高く朱色に染まる鴨の隊
新潟県新潟市 カワりん
雪掻くやあをあをと草あらはるる
新潟県新潟市 田代草猫
手のひらの微熱と混ざる寒卵
富山県滑川市 祐宇
大みそか生まれてきてくれてありがとう
山梨県甲府市 山無ありす
新年でかがみもちおく神様へ
山梨県甲府市 霜鳥祐人
ローン今日完済ホットウィスキー
岐阜県土岐市 近藤周三
点滴を連れてロビーの聖誕祭
愛知県名古屋市 香坂泉
隙間風扉の音と釘の音
愛知県名古屋市 神秘きのこ
畦道を密と心に霜の音
愛知県名古屋市 神秘きのこ
葉が落ちてしなる細枝霜の柿
三重県松阪市 雪生
冬初め老舗豆腐屋一つ消ゆ
三重県松阪市 谷口雅春
蝋燭の列の一人となる聖夜
京都府木津川市 米倉八作
昼下がり骨奥に染む立冬の京
京都府京都市 田乃武骨
モネを観て寝酒の量を過たず
京都府京都市 十川長峻
この家は寒いと大家鍵渡す
京都府京都市 十川長峻
古九谷に小さき山河寒造り
京都府八幡市 坂本悠貴雄
寒月や抜ける靴音追い越せり
大阪府池田市 宮地三千男
極寒や一番鶏の声こごむ
大阪府池田市 宮地三千男
流木は龍虎のかたち寒月光
大阪府堺市 森野哲州
朝陽へと白鳥走る猪苗代湖
大阪府吹田市 秀爺
障害犬車引く度白い息
大阪府豊中市 池西博
抱擁やコート悲鳴をあげるまで
大阪府豊中市 八そ八
追想のゆらゆら燃えて散る紅葉
大阪府寝屋川市 伊庭直子
うちとけし二人の光冬薔薇
大阪府寝屋川市 伊庭直子
潮騒をただ聴いてゐる冬夕焼
兵庫県尼崎市 大沼遊山
冬ざれやまた深くなる二重爪
兵庫県尼崎市 大沼遊山
いただきの曇るハルカス冬の雨
兵庫県尼崎市 大沼遊山
狐火と王子稲荷へお参りに
兵庫県神戸市 前田達生
テレビ観る炬燵布団とお友達
兵庫県神戸市 前田素代
オリオンをさす指先は冷えてゐる
兵庫県神戸市 宮澤省子
トンネルを抜けて真上に冬の虹
兵庫県西宮市 幸野蒲公英
たい焼きや主の本業IT屋
兵庫県西宮市 森田久美子
待春の軽き歩幅となりにけり
兵庫県三田市 立脇みさを
安否も尋う移動スーパー冬日和
兵庫県姫路市 和田清波
マンションの色とりどりの干布団
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
深吉野のほのと杉山初日の出
奈良県奈良市 松本通代
初雪や山門白く修行僧
和歌山県橋本市 徳永康人
さむぞらににぎるこのてがただぬくく
広島県広島市 春日穏
独り身や車へ積みし冬タイヤ
広島県広島市 朋栄
潔く自分史晒す冬木立
山口県下関市 山元時枝
山眠る聴こえる息の音淋しげに
徳島県徳島市 七條菜那
凍鯉の泥のぬくみに眠りおり
徳島県徳島市 田村寿美
予報士も予期せぬ寒さ今朝の冬
徳島県徳島市 京
小春日や端の傷みし和綴本
徳島県徳島市 柚木克子
三門の真中行きけり雪蛍
徳島県阿波市 井内胡桃
弁当の輪ゴム飛ばして城小春
徳島県那賀郡 大石スミ子
手袋の片方発見遅刻です
愛媛県西予市 高田千帆
艫綱の滴る波や冬陽射す
愛媛県松山市 山本恭児
異常気象冬至のトマトたわわなり
福岡県北九州市 赤松桔梗
枯れ草のすすジャンパーに持ち帰る
大分県大分市 佐藤愛美
季節ずれ告げることなく冬めく日
大分県大分市 古庄青玉
年玉に手紙欲する愛らしさ
大分県大分市 牧吏恵
一家団欒真ん中に置く福寿草
大分県国東市 吾亦紅
「会いたい」の言い訳ひとつ雪だから
大分県豊後大野市 後藤洋子
底冷えの教室床に消しゴムが
宮崎県宮崎市 長田耕二
宮参り嬉し初孫霜月日
鹿児島県鹿児島市 有村孝人
自転車の畦道通る小春かな
アメリカオレゴン州 ロイ美奈
通学路朝の並木の影冴ゆる
アメリカメリーランド州 よじママ