HAIKU日本大賞 大賞発表

HAIKU日本2022春の句大賞

大賞
ランドセルから牛革の匂う春
[ 大阪府池田市 宮地三千男 ]

(評)小学生の背負うランドセルは、色や素材などさまざまな種類がラインナップされています。春季の俳句において、新一年生のために用意されて出番を待つランドセルや、小学校に入学したばかりの児童が体より大きなランドセルを一生懸命背負って歩く姿などは、好まれて詠まれる題材です。掲句のランドセルが従来の作と一線を画しているのは、真新しいランドセルの様子を牛革の匂いによって示しているところです。入学を祝う気持ちを「明」とすれば、ランドセルが出来あがる過程に牛の殺生がともなっているという「暗」の要素にも目を配った作品と言えるでしょう。

特選

特選
若芝に我群青の影となり
[ 神奈川県横浜市 要へい吉 ]

(評)萌え出でて青む若々しい芝生からは、春の歓喜の声が聞こえてきそうです。そんな「若芝」に群青色の影を落としていたのか、自分の感じたままを素直に詠んで、印象的な一句に仕上がりました。「群青の」と影に黒以外の色を付けて詠んだ着眼点が光ります。枯れた芝の間から緑の芽が伸び始める春。その上を歩くのさえ頼りなく見える若芝の広がる中で、春を謳歌する作者の姿が浮かびます。

特選
脳トレの逆さ言葉で麦を踏む
[ 大阪府大阪市 清島久門 ]

(評)秋に蒔いた種が発芽した後、春の茎立ちまでの間に、麦の生育に欠かせない作業が「麦踏み」です。根の張りをよくし、倒れるのを防ぎ、株を多く出させるなどの効果があります。晩秋から初春にかけての作業ですが季語は春です。掲句は切字の「や」ではなく格助詞「で」で下五へと繋ぐ一句一章の句。早春のまだ寒い中、逆さ言葉を言いながら丹念に踏み固めている景は、何とも日本的な平和な日常を浮かび上がらせています。

準特選

準特選
風に揺れ鯉の背に揺れ花筏
[ 埼玉県行田市 吉田春代 ]

(評)春の情趣がたっぷりと詠み込まれた一句。川の流れに任せゆったりと形を変えながら進んでいく「花筏」。豪華絢爛たる姿や優雅さに酔いしれた桜も、やがて落花を迎えます。桜吹雪は儚くも美しく、いつまでも見飽きることがありません。水面に揺れながら浮かぶ花筏は桜の最終章です。「揺れ」のリフレインが、水面を漂う花びらの寄る辺なき身を表わしているかのようです。

準特選
春立つや座椅子の向きを庭にかへ
[ 愛知県日進市 嶋良二 ]

(評)「春立つ」と言っても、実際にはこの日以降もまだ寒い日が続きますが、今日から春なのだと思うと気配が和らぎ、春を味わってみたい気分にさせられます。陽は柔らかく感じられ、いつも座っている座椅子の向きを日差しの方へ変えたとのこと。ただ、それだけのことですが、この句は季語と切れ字が決まって、優しくて楽しい庶民の詩となりました。春を心待ちにしていた作者の心境を、一つの行動で表現して見せた一句。ベテランの味が滲む作品です。

準特選
受験子に一番風呂を譲りけり
[ 兵庫県神戸市 平尾美智男 ]

(評)受験生のいる家庭は、家中が緊張感の中で暮らしているようなところがあるのでしょう。家族全員が健康管理に最善を尽くし、言葉掛けひとつにも注意を払います。「受験子」に対する家族のさり気ない優しさが伝わってきます。中七の「一番風呂」が効果的で、結句の「けり」で綺麗に仕立て上げた一句一章句です。家族愛の感じられる温もりのある作品です。

秀逸句

理科室の蝌蚪の変化を放送す
[ 千葉県佐倉市 佐々木宏 ]

(評)「理科室」の言葉で、学校内のこと、それも小学校であることが想像できます。「蝌蚪」はお玉杓子で、産卵から十日くらいで孵化し水中を群がって泳ぎます。「後ろ足が出ました」「今日は前足が」と、下五「放送す」からは朗らかに原稿を読み上げる児童の声が聞こえてくるようです。校内放送から元気をもらった作者の楽しい一句です。

日本茶を濃く入れ祝ふ桜餅
[ 東京都渋谷区 駿河兼吉 ]

(評)春は人生の節目に当たる慶事の多い季節。ひとりの人生でもそうですが、子や孫らのとなれば、家族の数だけの幸せがあります。慶びの大きさを「濃く」で表わし、その幸福感を「桜餅」で表しています。その場の温もりが、読み手をも包み込む味わいのある一句。「俳句は日常の存問である」と説いたのは高浜虚子。存問は挨拶のこと。庶民の幸せが一句となった春の挨拶句。

色のない街を乗せたる大地春
[ 東京都杉並区 田中有楽 ]

(評)「色のない街」は、本当は色んな色彩に溢れている東京のことなのでしょう。大都会・東京を乗せる大地に春が来たと詠んで、心象を造形したスケールの大きい句となっています。灰色の高層ビルが林立する景の中、ビルの脇には様々な芽吹き始めた春があります。ビル群とそれを取り囲む春の景を対比させることで、命ひしめく都会の大地の姿を強く印象付けた一句です。

春雨や乳白色の爪の先
[ 東京都練馬区 喜祝音 ]

(評)「春雨や」と季語の斡旋が巧みで、小気味よい作品に仕上がっています。芭蕉の遺訓をまとめた「三冊子」によりますと、「春雨は小止みなく、いつまでも降り続く三月の雨。二月末より用い、二月初めは春の雨となり」と区別しています。今の暦で言えば、晩春のしとしとと降る雨を言います。「乳白色」はネイルアートの色でしょうか。マニキュアを塗る一時と「春雨」との取り合わせが、作者の細やかな心模様を表しているかのようで、艶やかな情感をも生み出しています。

掴めや掴め馬刀貝の飛び出でぬ
[ 東京都文京区 遠藤玲奈 ]

(評)「馬刀貝(まてがい)」は横長筒状の二枚貝です。干潟に生息し、深く垂直に潜って棲みます。その取り方は一風変わっていて、砂を削ると小さな穴があり、その穴に塩を振りかけると中から飛び出してきます。そんな光景を俳味たっぷりに詠んだ一句。「掴めや掴め」の明るい調子が、浜辺の楽しい様子を伝えています。臨場感のある詠みには、読者を大いに魅了するものがあります。

黒船をかるがる浮かせ海市立つ
[ 東京都青梅市 渡部洋一 ]

(評)「海市(かいし)」は蜃気楼のことです。海面付近の温度差によって空気の密度が均等でなくなり、光を異常に屈折させて物が浮いて見える現象です。幕末、浦賀にやってきたペリーの艦隊を思わせる「黒船」に対し、「かるがる浮かせ」とユーモアをもって詠んだ措辞が、まさにこの現象を的確に表しています。荘厳な光景が思い浮かび、作者の驚きと感動も伝わってきます。

花屑の地に着いてなほ風に生ふ
[ 東京都西東京市 はぐれ雲 ]

(評)「生ふ(おふ)」は、ハ行上二段活用動詞の終止形です。落花してもなお、生きているかのような「花屑」の姿を上手く言い表しています。桜ほどその果ての姿まで見つめさせる花は、他にありません。叙景とは、自然の風景を言葉で述べて記すこと。この句は叙景俳句の奥深いところまで届き、作者の心情を読者に探らせようとする秀句です。風に吹き上げられた花びらの動きを情緒豊かに詠んでいます。

まなざしの多き方へと花の散る
[ 神奈川県川崎市 下村修 ]

(評)花散る方へ、人は目をやるのが通常だと思いますが、花が意識を持ってまなざしの多い方へと散らせているのだと、作者は花に心があるかのように詠みました。作者の鋭い感性が光っています。その美しさを、人を主体とせず花の側から詠んだ一句は、万象の命の存在を明らかにする秀句です。

啓蟄の土に埋め込む野菜屑
[ 神奈川県相模原市 あづま一郎 ]

(評)二十四節気の一つ「啓蟄」は、陽暦では三月五日頃に当たります。冬眠していたヘビやカエル、虫たちが地上に這い出て活動を始める時期を言います。片や穴を出、片や穴に埋め込むという相対する行為。日常のさり気ない行動の中にも句材はあります。農業と関わりの深い二十四節気を取り合わせることで、日本の豊かな四季を感じながら生きる作者の姿が見えてきます。

平和をひとつ鶯餅をふたつ
[ 神奈川県茅ケ崎市 坂口和代 ]

(評)悲惨な戦争から抜け出せないウクライナ。こんな時代だからこそ、掲句の柔らかい素直な叙述が反って力強く伝わります。同じ春の季語の桜餅や草餅に比べると、上の句や下の句では読みづらい六音の「鶯餅」を破調で詠んだ一句。「鶯餅」の色や形が平和のイメージとも繋がっています。仲睦まじく二人で暮らす平和を、世界平和へと広げたように感じ取れます。

寒明けのリズムが叩く微塵切り
[ 神奈川県横浜市 古関聰 ]

(評)小寒から節分までのおよそ三十日間続いた寒が終わると立春となります。「寒明け」は立春と同義です。やっと冬が終わったという安堵感が表れている季語です。春になって、心なしか「微塵切り」の音も軽やかに聞こえたのでしょう。「リズムが叩く」と詠んで、キッチンから聞こえてくる音に耳を傾ける作者。俎板のトントントンという音までが楽しそうに響くという発想が、意表を突いていて、読者を一句に立ち止まらせます。

いつの間に消ゆ髪留めは春の夢
[ 富山県滑川市 祐宇 ]

(評)「消ゆ」はヤ行下二段活用動詞の終止形。作者はここで、大胆に大きく切れを入れました。七音、十音の破調の一句。よく失する「髪留め」の小物と、甘い感傷を伴い人生の儚さともとれる「春の夢」とを呼応させて成功しました。「祇園精舎の鐘の声」に始まる『平家物語』の冒頭文に出てくるのが「春の夢のごとし」で、「春の夢」は人の世の儚さの象徴ともなっています。女性ならではの場面が印象的に描かれています。

定食屋たつぷりと盛る春キャベツ
[ 岐阜県岐阜市 金子加行 ]

(評)なじみの定食屋さんでしょう。何か得した気分にさせられる春キャベツの盛り方を一句に仕立てました。どさっと盛られた春キャベツ。その店の心意気まで見えてきて、食欲も心もそそられます。昼時の定食屋さんならではの活気ある景が切り取られています。何気ない日常を詠んで、俳味のある一句となっています。

終章も華麗に魅せる落椿
[ 岐阜県多治見市 緑 ]

(評)椿の落花は花びらが一片一片散っていくのではなく、咲いたままの姿で一花がポトリと落ちます。その姿を「華麗に魅せる」と詠み、椿の美しさを称える作者。「終章も」と詠むことで花の一生を感じさせ、その裏には、人生の最終章にそうありたいと願う作者自身の心象風景も、詠み込まれているような作品です。

告知より八年目なる桜時
[ 静岡県湖西市 市川早美 ]

(評)あと何回、桜が見えるのだろうかと、誰もが感傷的になることがあります。告知より八年目の春を迎えた作者。「八年目なる」の中七に、本来は天性の明るさを持つ作者の人柄が表れているように思えます。素直な実感を伴うやさしい詠み方が、新鮮な叙情を届けてくれます。今年も見ることができた桜。その心からの幸せが綴られているように思います。

春光のエスカレーター君は右
[ 京都府京都市 岡村修平 ]

(評)作者は19歳。インターネット環境で育ったZ世代からの俳句も増えてきています。「春光」は光だけを言う季語ではなく、春の気配が地に満ちてきた有様や景色など春の風光を詠む言葉です。街を行く人々の足取りも軽やかな春の昼。「君」と横並びで乗るエスカレーターにも優しい日差しが降り注いでいたのでしょう。「君」の隣にいる歓びを感じている、自分の気持ちに素直な自然体が好ましい秀句となっています。

朧夜は月磨きたし水を飲む
[ 大阪府池田市 宮地三千男 ]

(評)人間は時に天邪鬼になることがあります。わざと逆らってみたくなるのです。朧月はうすぼんやりしている風情が良いのですが、それをわざわざ「磨きたし」と作者は言います。下五の「水を飲む」とは関係性が薄いようで、逆に、日本的な美の極みが秀でた心象俳句となっています。朧に霞んだ風流な月が、読者の鑑賞の幅を広げてくれています。

桜餅の葉には涙の味がある
[ 大阪府大阪市 清島久門 ]

(評)「桜餅の葉」の塩っぽい味を「涙の味」と主観的に捉え、巧みな表現の一句一章句となっています。仄かに桜の香りのするその葉を、作者は「涙の味」だと詠みました。塩漬けだからと言っている訳ではなく、優美さの中にある桜の哀しみをも、きっと作者は察して詠んだのでしょう。主観的な感覚と写実性の入り混じる巧みな表現が光る作品です。

ショーウィンドゥ透ける我にも春の鬱
[ 大阪府堺市 伊藤治美 ]

(評)春の装いで飾る「ショーウィンドゥ」が、街を一段と華やかにします。そんな春爛漫の街にどこか気後れしているのが今の作者。春は気候が良くなる反面、環境の変化にストレスを感じることもあります。心の影を透かされるように、ショーウィンドゥの顔もどこか冴えなかったのでしょう。誰もが一つや二つ抱え持つ憂さがあるので、作者の心に寄り添うことが出来ます。

をんな傘さすや猫背の春時雨
[ 大阪府寝屋川市 伊庭直子 ]

(評)「春時雨」の一日。時雨と言えば冬の季語で冷たい雨が降りかかりどこか侘しさを感じさせますが、春時雨には明るさや艶やかさがあるように感じます。中七の途中の切れが、この句の強さと心地よいリズムを生み出しています。敢えて小ぶりな「をんな傘」と詠み、傘を差す人が雨をよけるように少しかがんだ姿をしっかりと浮かび上がらせています。雨の中を行く男性の姿であろうと想像させ、何とも言えぬ詩情溢れる作品です。

十本の彫刻刀や涅槃西風
[ 兵庫県尼崎市 大沼遊山 ]

(評)陰暦二月十五日は釈迦入滅の日に当たります。この日、寺院で涅槃会が営まれますが、この頃に吹く西風を浄土からの迎えの風と言い、「涅槃西風(ねはんにし)」は大切にされてきた季語の一つです。「十本の彫刻刀」とは、仏像を彫ろうということでしょうか。無心になって祈りの形を彫る姿を想像させます。句調も切れも良く、格調のある落ち着いた二句一章句に仕上がっています。

春光を紅茶に垂らしマドレーヌ
[ 兵庫県西宮市 幸野蒲公英 ]

(評)春の光に満ちた午後のティータイムでの一句。日射しが手元の紅茶に届く様を、「春光を垂らし」と詠んでいます。「垂らし」の一言が、差し込む春の光の臨場感を出し、余情や深みもある一句に仕上がりました。ゆったりと過ごす作者の手元のカップに、日射しがキラキラと輝いている様が想像できます。一緒に味わう「マドレーヌ」のお洒落な響きもこの句の魅力を高めています。

秒速五センチメートル散る桜
[ 奈良県生駒郡 葉月十八 ]

(評)散る桜は、時に速く時にゆったりと落ちます。桜の花びらが散るスピードを五センチと言い切った作者の詩才に感動です。この直球のような表現が魅力的な俳句です。一点に集中した新鮮な感性の光る句となっています。2007年に公開されヒットした新海誠監督のアニメーション映画、「秒速5センチメートル」を彷彿とさせる一句です。

初蝶や砂場に小さき山三つ
[ 徳島県阿波市 井内胡桃 ]

(評)この句の場面は、子ども達が去った誰もいない砂場を想像させます。子ども達の帰った後に、ヒラヒラと蝶が舞うようにして過ぎていく夕暮れの景を、落ち着いた作風でふっくらと詠み上げています。誰もいない砂場に残された小さな山が三つ。きっと、子ども達の頭上も飛んでいたのでしょう。キラキラと好奇心いっぱいの目で追っている姿や、初蝶のまだどこか儚げな姿も一緒に想像できる一句です。

佳作

渦潮はエッシャーの線春の景
北海道千歳市 夏
風光り吾子が遊びし短靴よ
岩手県奥州市 千葉薫風
頬にキス春はきよとんとイヤリング
岩手県一関市 砂金眠人
蒲公英や風の機を待つジャンプ台
岩手県北上市 川村庸子
金婚のこでまりの花活けし母
岩手県盛岡市 蘭延
雲梯をふわりと行く子風光る
宮城県仙台市 遠藤一治
立ち並ぶ土筆の語る浄土かな
宮城県仙台市 繁泉祐幸
花冷えや片方だけのイヤリング
宮城県仙台市 渡辺徹
トラクター大地にひゞかせ春を呼ぶ
山形県米沢市 山口雀昭
千鳥ヶ淵花よりスマホの令和かな
茨城県つくば市 大石勝隆
「またいつか」約束交わし卒業す
茨城県那珂市 天上火昇龍
きんつばの角がほろりと春の雨
茨城県日立市 松本一枝
死ぬほどといふはどれ程落椿
茨城県常陸太田市 舘健一郎
下萌に立たされてゐる魔法瓶
栃木県宇都宮市 斎藤光星
寅さんはいつも旅空鳥雲に
栃木県宇都宮市 平野暢月
春疾風東京はまだ闇市か
群馬県伊勢崎市 白石大介
そうそうと蝌蚪の濁りを洗う水
群馬県前橋市 荒井寿子
思い出は桜花のごとく消えやすく
群馬県前橋市 影宴庵
穏やかな利根に日が落ち葦若葉
埼玉県行田市 吉田春代
春風に民謡乗せてキッチンカー
埼玉県越谷市 新井高四郎
リーガルを磨けりあすは学舎去る
埼玉県さいたま市 アヴィス
大仰にたばかる罠やかもじ草
埼玉県日高市 ひわた
巣籠もりの静けさ深く梅匂ふ
埼玉県ふじみ野市 黒川茂莉
青天に平和を祈る山吹の花
埼玉県本庄市 各務ちはや
若き日の棘の痛さよ野の薊
埼玉県和光市 此順
沈丁花濁世を暫し遠ざけり
千葉県佐倉市 佐々木宏
蝌蚪の群れ即興曲を作りけり
千葉県佐倉市 佐々木宏
筒抜けの内輪話や花の茶屋
千葉県佐倉市 山口鵙
藤棚の従ふといふ快楽かな
千葉県千葉市 加世堂魯幸
白殺しまた白殺し雪解かな
千葉県千葉市 千葉信子
ビル街にパン販売車春の風
千葉県船橋市 井土絵理子
ビルの間に失せし己を探す蝶
千葉県船橋市 川崎登美子
ことのほか長く居座る蛙かな
東京都足立区 田中正博
青き踏む取り戻したる歩幅かな
東京都江戸川区 羽住博之
あおぎみるちりゆく桜のとおりみち
東京都大田区 陽香
かくとだに惜しめど散るか花筏
東京都渋谷区 文月百合
リモートの内定を受け卒業す
東京都渋谷区 駿河兼吉
万歩へと歩を伸ばしたき春の風
東京都渋谷区 駿河兼吉
立春や代々木の空の晴れ渡り
東京都渋谷区 駿河兼吉
蒼穹を見つめる力蛙の子
東京都杉並区 田中有楽
生命線濃き手のひらへ春の水
東京都千代田区 鮫島沙女
しゃぼん玉割れてかき消すオノマトペ
東京都豊島区 潮丸
春雷や吾も逃げ行くけものみち
東京都練馬区 符金徹
花菜畑匂いの海にさらわれる
東京都あきる野市 岩瀬泰己
春昼や3.14・・・諳んじる
東京都小平市 佐藤そうえき
白藤や炊き立て飯の粒揃い
東京都三鷹市 高野まゆみ
やぶ椿実に陽譲りのいさぎよき
東京都三宅島 瀧沢みさ子
肩ぐるま吾子の手ゆらす藤の花
東京都武蔵野市 伊藤由美
夕闇に桜蘂降る地の響き
神奈川県川崎市 五十嵐茂雄
ロゼ色のたすき始まる桜から
神奈川県川崎市 町中華
揚雲雀いのちの重さ振り切つて
神奈川県川崎市 下村修
メーデーや青春の日の資本論
神奈川県相模原市 金本節子
末黒野や青き地球のさまよへり
神奈川県相模原市 渡辺一充
春宵や漏るるラジオにビートルズ
神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦
きのふまでしのごのありも春一番
神奈川県茅ヶ崎市 つぼ瓦
秩父路の石垣飾る芝桜
神奈川県横浜市 教示
鶯の鳴き渡りて梢揺る
神奈川県横浜市 高田柗風
東雲の郷を後にす母子草
神奈川県横浜市 鷹乃鈴
おてんばの友もおてんば春暑し
神奈川県横浜市 竹澤聡
竿しなる海面に開く初桜
神奈川県横浜市 頂狩者
桃畑遥かアルプス雪の帯
神奈川県横浜市 前田利昭
春の日やあなたの言葉噛み締める
新潟県長岡市 安木沢修風
山葵葉や雨に艶増す宿の庭
新潟県新潟市 小野茶々
汝逝きて我生きて見る桜かな
新潟県新潟市 田代草猫
残雪に嘴拭ふ烏かな
新潟県南魚沼郡 高橋凡夫
能登鹿島駅別れを愁う花の雨
石川県加賀市 敬俊
夕桜や移ろうその色その刹那
石川県金沢市 玲
尾を立てた猫の鼻先蕗の薹
長野県南佐久郡 高見沢弘美
一の夢二の夢も捕手入学児
岐阜県土岐市 近藤周三
花海棠みつつ連なるこの路を
静岡県御殿場市 竹間
流木に名前をつけて春の海
静岡県富士市 城内幸江
白木蓮日差し駆けゆく子らの声
愛知県一宮市 山内春枝
制服の折目際やか新社員
愛知県大府市 小河旬文
七つめと吾子の叫びや桜貝
愛知県蒲郡市 海神瑠珂
白米に黒目鏤めしらす干し
愛知県高浜市 篠田篤
ピザ窯の薪の爆ぜたり春一番
愛知県知多郡 伊藤京子
昇格に後輩の名を探す春
愛知県東海市 桃始笑
春の波邪気なく襲う恋心
愛知県豊川市 宮田恵里
独り身の女三人山笑ふ
愛知県名古屋市 久喜聖子
波去りて三年振りの潮干狩り
愛知県名古屋市 志村紀昭
ドラマめく一日終わる雨水かな
三重県松阪市 宇留田敬子
夜半の春廊下駆け出すナースかな
三重県松阪市 谷口雅春
古雛を飾り先祖の供養かな
三重県松阪市 春来燕
リクルートスーツの肩に花2片
京都府木津川市 米倉八作
失恋はラインで二行春の夜
京都府京都市 岡村修平
くじ引きの長き行列猫の恋
京都府京都市 柿司
菅笠の乙女スキップ遍路道
大阪府池田市 宮地三千男
やはらかき一音ありぬ春の雷
大阪府和泉市 小野田裕
春愁ふわれにひくひく河馬の耳
大阪府和泉市 小野田裕
永き日の人体模型一歩出て
大阪府和泉市 清岡千恵子
北前の船追ひかけて春の雁
大阪府茨木市 吉崎由実
小賢しきまなこ寄せたる蒸鰈
大阪府大阪市 清島久門
カピバラの瞼を深む日永かな
大阪府大阪市 清島久門
貝寄風やパックの米をネット買ひ
大阪府大阪市 清島久門
植木市老いた二人に春の風
大阪府大阪市 安子
帰りまた遠廻りして落花浴ぶ
大阪府岸和田市 夜明久美子
「忘れて」が母との別れ白木蓮
大阪府堺市 伊藤治美
向きあへば命の呻き春の闇
大阪府堺市 岩橋春海
たなびける風の煙突どこか春
大阪府堺市 椋本望生
松風は桜吹雪となりにけり
大阪府堺市 森野哲州
人恋し漣揺れる春の湖
大阪府泉南郡 藏野芳男
修善寺の真昼の足湯風光る
大阪府高石市 岡野美雪
蓬生や何かが風を招きゐる
大阪府豊中市 黄鶺鴒
心病む友黒犬に桜ちる
大阪府寝屋川市 伊庭直子
春光やびわ湖開きの銅鑼の音
兵庫県尼崎市 大沼遊山
通り名の唄の信号長閑なり
兵庫県尼崎市 大沼遊山
華やかな京都の春と舞妓さん
兵庫県伊丹市 倭しうるわし
折鶴の尖らぬ嘴や月朧
兵庫県加古川市 山分大史
あと幾度惜しむ春の夜子と共寝
兵庫県加古郡 ばななわに
山笑ふよそゆきの服面構え
兵庫県神戸市 季凛
春の雨街の烏は誰待つや
兵庫県神戸市 鞍馬睦子
散る花の影を慕いて花みづき
兵庫県神戸市 広樹
玄関は他人の匂ひ新社員
兵庫県神戸市 ふわふわ研究所
海峡のとろりと黒き春の潮
兵庫県三田市 立脇みさを
花冷えの南京町の人込みに
兵庫県西宮市 森田久美子
稽古終え帰る舞妓の春ショール
兵庫県姫路市 和田清波
蕨手がおいで此処よと我れ招く
奈良県桜井市 喜多隆文
薄氷に風透き通る軒の下
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
道ばたのすみれの小さな息吹かな
奈良県奈良市 緑風
父祖造り給ひし庭の躑躅燃ゆ
島根県出雲市 石佛三太
春がすみ面隠さんやかの蹉跌
島根県出雲市 後藤英興
風にわか羽音させたる春の鴨
広島県尾道市 広尾健伸
つくしんぼ袴とられてほろ苦し
広島県広島市 朋栄
啓蟄や夢を叶えた夢を見る
広島県福山市 永見昂大
春うららグランドゴルフに誘われる
広島県福山市 林優
長靴を脱いで農婦は花の下
山口県山口市 鳥野あさぎ
春嵐負けじと踊るキャラクター
徳島県徳島市 京
パン食に馴れて孤独や雀の子
徳島県徳島市 渡哲也
村じゅうが枝垂桜に沈みけり
徳島県阿南市 中富はるか
朧の夜老眼鏡を掛けなおす
徳島県阿波市 井内胡桃
阿波の国遍路の鈴で時季を知る
徳島県板野郡 秋月秀月
山藤の揺れほどほどに谷の風
徳島県板野郡 伊藤たつお
脱ぎ捨てし靴遠ざかる汐干狩
徳島県板野郡 佐藤一子
恋猫の思い遂げしか深眠り
徳島県板野郡 佐藤幸子
陽炎や駆けるシューズの紐堅く
徳島県小松島市 長楽健司
うららかやきゃっきゃといないいないばあ
徳島県美馬郡 美葉
桜蘂降る風の吹く日も吹かぬ日も
徳島県三好市 黒川アヤ子
里の川桜はなびら一面に
香川県高松市 宮下しのぶ
春陽受け海辺の墓前君慕う
香川県高松市 宮下しのぶ
良妻の手料理は無し蘆の角
香川県仲多度郡 佐藤浩章
福耳の売子に列の伸びて春
愛媛県松山市 秋本哲
境界を争う世界桜散る
愛媛県松山市 宇都宮千瑞子
弥生尽あまた世の憂さ尽きぬまま
福岡県飯塚市 日思子
春未明木金火土星一直線
福岡県北九州市 赤松桔梗
亡き母のかおり漂う木の芽和え
福岡県古賀市 馬場實
風光るファーストシューズのさんぽ道
福岡県福岡市 嶋本聖
首飾り編む園児らのれんげ草
佐賀県唐津市 浦田穂積
淡雪に昨日の憂さも消えにけり
長崎県諫早市 伊達史子
ローファーに花片付いたままの朝
長崎県大村市 永田千加子
でも母のおにぎり優し朧月
長崎県大村市 永田涼馬
薄紅の夕暮れ惜しむ春の宵
長崎県長崎市 美結
杖たよる母の手をひく啄木忌
熊本県荒尾市 黒田修一
鶯の姿なき声こだまする
大分県大分市 牧吏恵
テレワークデスクの上の風信子
大分県国東市 吾亦紅
海苔炙るちりちりのぼる海の声
大分県豊後大野市 後藤洋子
野の風を包みて香る蕗の薹
大分県豊後大野市 後藤洋子
桜月友と離れる寂しい時
鹿児島県鹿児島市 有村孝人
子等の影映し翔び立つしゃぼん玉
鹿児島県薩摩川内市 梅田訓睦
背景をぼかし捉える梅の花
沖縄県豊見城市 あまがみこ
春の夜の窓の数ほど物語
アメリカオレゴン州 ロイ美奈