HAIKU日本大賞2022秋の写真俳句 発表

2022秋の写真俳句大賞

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戦など無きがごとくに蕎麦の花

[ 宮城県仙台市 遠藤一治 ]

(評)青空と眼下に広がる蕎麦の花が印象的です。今の不安定な世の中を背景に、大自然を前にした作者の素直な感情が込められています。説明になりがちな写真俳句を目にしたものへの感情を描写した良い写真俳句です。

次点

空っぽの海は新涼置きにけり

[ 神奈川県横浜市 風人 ]

(評)禍々しい程の空の赤に、それを映す渦巻く海、その間にある暗い山と、ビジュアルだけでなく、構成のしっかりした写真が見事です。そこに、「空っぽの海」という言葉を選んだのが詠み手のセンスでしょうか。置いてきたものは何なのか、考えさせられる写真俳句です。

手を上げし別れが最後曼珠沙華

[ 熊本県熊本市 あさひ ]

(評)曼珠沙華の花から死者を思い出すことは想像がつきやすいことですが、別れのシーンが映像として残っているのでしょうか。あの時、もう少し話しておけばという後悔か、いつもと同じ風景だったのか、想像を掻き立てられる写真俳句です。惜しむらくは、写真にある曼珠沙華を句に入れず、どう描写するかが次の課題です。

<秀逸賞>

秋空に白鯨の背のゆるゆると

宮城県仙台市 泉陽太郎

(評)「白鯨」はメルヴィルの小説。エイハブ船長が復讐のために、巨大な白鯨と闘う様を描いたアメリカ文学の傑作。掲句は他の動物や事物にたとえて、意味を強め暗示する表現方法である“諷喩”を用いて、下五の擬態語に繋げています。標高の高さから目の前にどんと置かれたような雲に、「白鯨」を見たような作者の感覚が伝わってきます。

聴き入るは秋海棠の無駄話

宮城県仙台市 繁泉祐幸

(評)可憐に咲く淡い紅色の姿が愛おしい一枚。湿地を好む花らしく、雨に打たれた花に侘しさはなく生き生きとして見えます。子規はこの花をよく詠み「病床に秋海棠を描きけり」などがあります。ひとり静かに見つめる作者がいて、読者も二つの花の話に耳を傾けたくなります。


満月やクレーンはよき滑り台

千葉県柏市 小草

(評)絶好のタイミングを見計らって撮った写真に感服です。まさに、満月が滑り台を落ちてきそうです。満月とクレーンの取り合わせの一句は、作者の遊び心に溢れています。空の青さからすると東の空から昇る月の出なのでしょうか。静かに夜を待つ姿が孤愁を感じさせる写真俳句です。

どの翅もこころ遊ばせ藤袴

千葉県船橋市 井土絵理子

(評)マダラチョウ科の大形の蝶が浅黄斑(あさぎまだら)です。長距離を移動する蝶で大陸から日本にも渡ってきます。香水にも利用されるほどの「藤袴」の香りの良さに集まってくる蝶たち。白い綿毛のような冠毛がやさしく、その上をひらひらと舞う蝶の楽しさが窺えます。


線香も尽き庭先の金木犀

千葉県八街市 築山和久

(評)金木犀の小花にフォーカスした写真。黄と黄緑の同系色でまとめた写真からは、馥郁とした香りが届いてきそうです。金木犀の香りと線香の匂いと対比させた巧みな写真俳句です。秋を迎え楽しみの一つである甘く優しい香りが、行き交う人の心を和ませてくれる「金木犀」。句の背景にある哀しみを癒やしてくれているかのようです。

出番待つグラスてらてら秋の色

東京都荒川区 涌井哲夫

(評)おしゃれなワインバーを想像させる酒場の光景。セピア色がノスタルジーを感じさせ、人々が憩う空間の温もりを伝えています。青やオレンジの深みある色の写真を「秋の色」と言い切った句が、作品をすっきりと纏め上げています。


秋天にペットの世界見つけたり

東京都豊島区 熊倉京子

(評)トイプードルの背中が何とも哀愁を帯びています。作者は真っ青な秋の天を見上げるペットの背中に、まるでペットの空想の世界が広がっているかのように感じたのでしょう。何を想い何を見ているのか。憂える姿がなんとも愛おしい一枚。作者の女性らしい限りない優しさが漂います。

悠々と達磨眼下に鳥渡る

東京都町田市 織辺進一

(評)「達磨」朝日は、海からの日の出に見られる太陽の蜃気楼です。幸運をもたらすと言われる珍しい現象で、特に元旦の達磨朝日は新聞の一面を多く飾ります。このオレンジ色の空をゆったりと飛翔する渡り鳥。力強い羽ばたきをくっきりと捉えた写真は、何とも幻想的な美しさです。


蹲の一滴秋の空揺らす

東京都町田市 横山千砂

(評)「蹲」の周りは草木や花に覆われ、その中心の水面に「秋の空」が映って静かに漂っています。「蹲の一滴」この言葉だけで、充分に俳味ある作品となっています。「秋の空揺らす」の情景も、秋の詩情たっぷりに感じられ、余情も奥行きもある完成された写真俳句です。

密やかにかごめかごめと彼岸花

東京都町田市 渡辺理情

(評)見かけることの少ない彼岸花の白。真上から覗き込むと、しべの長い七つの花が輪を作り「かごめかごめ」の形になっています。作者の想像力が、子どもの遊戯の「かごめかごめ」と彼岸花という意外な取り合わせを生みました。可愛い遊びの中にあるホラー説が、脳裏をかすめるのは“死人花”と呼ばれる花のせいでしょうか。


頑なる心ほぐれよ暮の秋

神奈川県厚木市 折原ますみ

(評)葉の上に載せた木の実の赤と黒で描かれたユニークな顔が、一段と面白みを醸し出しています。「頑なる」心情もこんな木の実の姿を見たら、思わず微笑んでしまう情景が思い浮かびます。秋の侘しさを深く感じてしまう「暮の秋」を実感しながら、「頑なる心」も解れてきたのではないでしょうか。

静寂の寺に紅葉が騒ぎ出し

神奈川県平塚市 八十日目

(評)余りにも美しい光景に魅了されます。今が見頃の紅葉がにぎやかに秋を演出する一枚。赤や黄に色づく木々を眺めると、四季のある日本の良さを感じます。下五の「騒ぎ出し」がすべてを物語っており、余韻のある一句となりました。美しさに心躍る作者の姿を読み取ることができます。


稲架晴れに風のスウィング農の詩

岐阜県岐阜市 木華

(評)最近はコンバインで収穫し、「稲架(はざ)」は珍しくなりました。刈り取られた稲の株が整然と並んだ様を、絶妙の角度で切り取った遠近法が効果的です。田んぼを抜ける「風のスウィング」が爽やかな気分を伝えてくれています。「農の詩」で、家人の生き生きと働く様子が見えてきます。

自然美は幾何学なりと菊の花

静岡県熱海市 歩人

(評)「菊の花」のアップを「幾何学」と取り合わせた作者のセンスが光ります。芸術的な写真が、「幾何学なり」の作者のイメージと響き合います。この写真は菊の花に、新たな次元の美しさを与えたようです。「自然美」とは何かと問い掛けられているようにさえ感じさせます。


恨めしき台風一過の羊雲

大阪府大阪市 安子

(評)台風が過ぎ去った後、空を覆ったのは羊雲。白い綿のような雲が羊の群れに見えることから、そう呼ばれる高積雲です。彼方の雲は厚い灰色で「台風一過」を思わせます。たとえ大きな被害はなくても、予定の変更などを余儀なくされたのでしょう。空を見上げては、溜息をつく作者の姿が見えてきます。

いにしへの火の見櫓や天高し

奈良県奈良市 堀ノ内和夫

(評)火事は冬の季語で、「火の見櫓」は子季語になります。「火の見櫓」に秋天の青がマッチした写真も魅力的です。柱には木材が使われていて昔ながらの姿があります。岩盤の上に作られ、長い年月住民の安全を見守り続けた勇姿も、今は役目を終えてどこか寂しげに映っています。


畔歩き一華を見て彼岸知る

和歌山県橋本市 徳永康人

(評)遠近法の効いた写真の中で、彼岸花が実に鮮やかに写し出されています。燃えるような紅色の続く畦道は、秋の落日の絶景といえます。日本的な美しさの田園風景の中で、「一華をみて彼岸知る」何とも情緒あふれる世界観が広がり、生きている幸せを実感させてくれます。

仲秋の山の端なぞる別れかな

徳島県徳島市 今比古

(評)落日と共に刻々と変わっていく空の色の美しさに、心を奪われてしまいます。雲を通せばその厚みによって色を薄め、太陽の軌跡の中の雲は、その熱を留めながら光り輝いています。「仲秋」の一日との別れを詠んだ句が、秋の夕暮れの寂しさをさらに深めています。

<秀作>

秋まつり鬼灯ならし帰る道

山形県米沢市 山口雀昭

(評)「鬼灯」も秋の季語ですが、「秋まつり」とあるので道具立てと見ることができます。インパクトのある写真の赤い鬼灯を鳴らしながらの道。作品の情景は主季語の「秋まつり」です。素直な叙述の写生句に、作者の生活が偲ばれ、読み手も童心に帰ります。ノスタルジックな世界へと誘われます。

吊るし柿なんと明るき停車駅

東京都足立区 yuriha

(評)まるで供物をしているかのような、不思議な心温まる「停車駅」の光景です。柱に“なかのじょう”の駅名が付いていなければ、駅には見えそうもない程です。整然とした「吊るし柿」を真正面から撮った写真からは、収穫への感謝の心や、この地で暮らす人々の素朴な心情が見えてきます。山里の人々の暮らしぶりを想像させます。


桐一葉ダイブ途中の池の上

東京都武蔵野市 伊藤由美

(評)この桐の葉は水中に「ダイブ途中」とのこと。樹の下には池があるらしく、悠々と着地するはずだったのですが・・・くもの巣に捉えられているようです。空中に止まってしまった「桐一葉」。思わず桐の葉の気持ちを推察してしまいそうな、読み手の想像力をかき立てられる写真俳句です。

道の辺の紫苑手折て髪飾り

神奈川県横浜市 楽ハイシャ

(評)「紫苑」は菊の仲間の多年草ですが、草丈は2メートル程にも達し、淡い紫色で小菊に似た花をたくさん付けます。下五の「髪飾り」が愛らしく、ほのぼのとした場面を想像させます。作者が「手折て」女の子に付けてあげたのでしょうか。ほのかな情愛と懐かしさを感じさせる写真俳句です。


目眩く絵巻が動く紅葉狩

富山県射水市 中村理起子

(評)日本の秋を象徴する景色に、落ち着いた作風の句が寄り添っています。木々の彩りが最高に美しい秋の一日。少し歩みを進めれば、また違う美しさに出会えます。雅で幻想的な絵巻の世界に感嘆する様子が伝わってきます。秋の風流が感慨深く沁み込んできます。

曲がりくねりし我が道よ秋高し

京都府京都市 真山真司

(評)人生は何があるか分からぬもので、振り返ってみると様々な曲がり道を通り過ぎてきたのでしょう。紅葉の美しさの奥に広がる澄んだ秋空の構図が絶妙です。山門までの一段一段が、見上げた空の青さによって、その都度後悔しないよう選んできた道を思い出させたかのようです。


<佳作>

父と見上げる椎の実のまだ若し

北海道帯広市 岸聖也

黄落やあの日の蹉跌時を止め

北海道札幌市 鎌田誠

靖国や清き秋空何処までも

青森県つがる市 松村早奈英

父の声聞こえしやうな草の露

山形県天童市 近松雄三郎

朝採りの桃の固さをひとかじり

福島県福島市 山田由紀子

湖隣る一縷の畔の秋深し

茨城県水戸市 打越榮

紅葉燃ゆ水さえ燃ゆる軽井沢

埼玉県さいたま市 アヴィス

月見えぬ河口の街の大都会

東京都葛飾区 有井健司

渓流の古き旅館に照紅葉

東京都清瀬市 ベース

秋澄めり佃煮の佃の港

東京都中央区 もんじゃ

義時屋敷は白曼珠沙華の寺

神奈川県鎌倉市 奈賀子

秋空の翼の向こうは異国の地

神奈川県横浜市 教示

ざわわわと芋の葉返し風通る

新潟県新潟市 小野茶々

秋雲や夕陽の放つ波のごと

愛知県蒲郡市 海神瑠珂

ロシアへの拍手は遠き秋の夢

愛知県豊橋市 服部雄介

少年の無言の会釈青みかん

愛知県名古屋市 久喜聖子

石段の小さきドングリ土へ投げ

石川県金沢市 山下万里子

古の都に誘ふ虫の音や

大阪府大阪市 潮皐月

白深き曼珠沙華群れ陽に浮けり

兵庫県西宮市 幸野蒲公英

秋日和朱色きわだつ大鳥居

広島県広島市 前田佳恵

嗚呼これがほんたうの空小鳥来る

徳島県徳島市 山之口卜一

賑やかさ戻らぬというコスモスの里

徳島県阿波市 須見涼子

藍の花優しい色をして優し

香川県善通寺市 Be pure

芒塚我が人生も風任せ

香川県高松市 風間遼太郎

悠ちゃんという子のなみだ青蜜柑

愛媛県伊予市 松本玲香

結願は山のお寺の大銀杏

愛媛県西条市 野田春代

潮風や一駅歩く秋夕焼

高知県宿毛市 前野広洋

花梨の実夕かげまろきこころ寄せ

福岡県飯塚市 日思子

青空に桜紅葉もまたよろし

長崎県諫早市 峯一真

山裾に香り被せる金木犀

熊本県阿蘇市 中尾昌子

大輪の菊素知らぬ顔の朝よ

熊本県熊本市 山城久也

食べて寝て生きよ朝顔塀登る

宮崎県宮崎市 大仁博子

山歩き励ますやうに竹の春

沖縄県那覇市 高浜咲紀子

※俳号で応募された方は、原則として俳号で掲載させて頂いております。