HAIKU日本大賞 大賞発表

HAIKU日本2021夏の句大賞

大賞
天牛の瑠璃は宙より賜りぬ
[ 群馬県邑楽郡 小林茜 ]

(評)天牛は「かみきり」と読み、昆虫のカミキリムシのことです。天牛という表記は、長い触覚が牛の角を思わせ、空を飛んでくることに由来すると言います。この句では、漢字表記による視覚効果を生かしているのではないでしょうか。中七下五では、天牛の体色を瑠璃色と表現し、「宙より賜りぬ」と謳いあげています。「宙」は「そら」と読みました。音に注目すると一句の中に「ら行」が散りばめられており、「天」や「宙」につながる、明るい大らかな印象に寄与していると思います。作者の意識を天牛に集中し、その果てに全宇宙の中で天牛の存在を捉えて詩的表現に結晶させた、珠玉の一句です。

特選

特選
雨蛙流るる雲に目を据ゑて
[ 千葉県佐倉市 佐々木宏 ]

(評)冬眠から目を覚まし田圃などで鳴き始める蛙は春の季語ですが、木の枝や葉に止まって雨模様の日にギャッギャッと鳴く「雨蛙」は夏の季語です。「雨蛙」は雨の降る時を計っているのでしょうか。「雲に目を据ゑて」いる雨蛙を見つめる作者の姿に、自然に対する温かい眼差しを感じます。虚子の言葉に「日常の存問が即ち俳句である」という言葉があります。この句は目の前の雨蛙と交わした存問のように感じられます。自然を心感ずるままに詠んでいて、作者も雨蛙と一緒に雨が降るのかなあと「流るる雲」を見上げているのでしょう。

特選
磐石の穴より見上ぐ奈良の夏
[ 大阪府大阪市 清島久門 ]

(評)この句の「磐石の穴」は、奈良県明日香村の石舞台古墳の石室でしょうか。磐石の「石」の文字がそう思わせます。大化の改新から奈良時代にかけての奈良の都を中心とした、古代国家の黄金時代を彷彿とさせる我が国最大級の方墳です。墳丘だったものが盛土を失い、巨大な石が露出したまま今に至ります。作者はこの穴から見上げるスケールの大きな空間を詠んでおり、悠久の時を経て、夏の一日の壮大な歴史ロマンに浸る作者の横顔が見えるようです。

準特選

準特選
山開きコッフェル一つ沸き上がり
[ 東京都青梅市 渡部洋一 ]

(評)多くの登山客が待ちに待った「山開き」の日。それぞれに見晴らしの良いところに陣取り炊事を始めた時、「コッフェル一つ」が早々に湯気を立てます。「コッフェル」は、登山やキャンプなど屋外で用いる携帯用の調理用具のこと。「沸き上がり」が仲間たちとの晴れ晴れとした心や、沸き立つ夏雲の様をも連想させます。大自然の中での食事は、登山者にとって堪らない時間です。登山者たちの楽しそうな表情の見える軽快な一句。

準特選
我といふ命題ゆれる金魚玉
[ 大阪府堺市 伊藤治美 ]

(評)軒先に吊るされた「金魚玉」の中の金魚は、動きによって大きく見えたり歪んで見えたりするものです。「我といふ命題」も、そのようなものだということでしょうか。メタファーの効いた作品です。自分とは一体何なんだろう。その真偽をはっきりさせるのが「命題」です。その自問自答が一句となりました。何故生きるのか。自分とは何か。作者の揺れる心は読者にも哲学的な謎解きを迫っているかのようです。難しい問い掛けを、揺れる「金魚玉」が涼やかに受け止めてくれています。

準特選
短夜の湯後の百円マッサージ
[ 兵庫県尼崎市 大沼遊山 ]

(評)昼夜の時間がほぼ等しい春分の日から夜は少しずつ短くなり、夏至には一年で一番夜の時間が短くなります。秋の夜長に対して夏の「短夜」。夜の明けやすさへの感慨を含んだ季語です。三つの言葉を「の」で繋いで情景がよく見え、リズム感の良さが句の好感度を高めます。普段のままの姿を詠んだところに、自然に俳句が寄り添ってきたような心地よさがあります。「短夜」の緩やかな時間が流れ、夜の短さを何処か物足りなく思う気持ちが滲んで見えます。

秀逸句

鍵盤の音降りしきる原爆忌
[ 宮城県白石市 森律子 ]

(評)1945年8月6日広島に、8月9日長崎に、原子爆弾が投下されて76年が経ちました。「降りしきる」のは、ガラス片が突き刺さり傷だらけになりながら今も残る“被爆ピアノ”の音でしょうか。「鍵盤の音」が生き証人となって、原爆と戦争の悲惨さを物語ります。深く沈み込むような音の響きは、犠牲者の霊を慰めているかのようです。また、戦争とピアノと聞くと、出撃を控えた特攻隊員が今生の思い出に弾いたベートーベンの「月光」も思い出されます。

未だ問ふヒトとは何か金銀花
[ 宮城県仙台市 繁泉祐幸 ]

(評)「金銀花」はスイカズラの花のことです。初夏に二つ並んだ筒型の花を開き、咲き始めは白で次第に黄色に変化します。金と銀が混じったように見えることから「金銀花」と呼ばれます。表記にも一工夫した「ヒト」との取り合わせで、人間探求という永遠のテーマをさらりと一句にした作品。生とは何か、死とは何か、そんな事を想いながら「ヒト」はこの星に住んでいます。日常に専念しながらも「未だ問ふ」作者がいます。

生意気な色気漂ふ水中花
[ 茨城県常陸太田市 舘健一郎 ]

(評)「水中花」は江戸時代からある玩具で、水中に投じるとパッと開きます。昭和の歌謡曲に“愛の水中花”がありますが、水中花に妖しい色気を感じての一句。時折揺らぐことで、悪戯っぽかったり我が儘だったりするかのように感じたのでしょうか。上五の「生意気な」に含みを持たせ読者に投げ掛けています。楽しくて涼し気ですが造花としての哀れさのある「水中花」が、読者の想像力を膨らませます。

蔓先の揺るる二拍子糸とんぼ
[ 栃木県宇都宮市 大野瑞枝 ]

(評)初夏の頃から水生植物の多い池や湿地などに生息する「糸とんぼ」。体が糸のように細いことから「糸とんぼ」と呼ばれますが、色の鮮やかさからよく目に留まります。止まる時は翅を広げず、翅をたたんで立てるようにします。止まったり離れたりした時の「蔓先」の僅かな動きを描写しています。目の前の景をやさしい眼差しで詠み上げた的確な写生が魅力的な一句。

三尺寝孫に頬っぺたつつかれて
[ 埼玉県行田市 吉田春代 ]

(評)孫を詠む俳句には類想句が多くなり、佳句になりづらいとよく言われます。“孫俳句”の難しさですが、作者は果敢に挑戦してくれました。素直な叙述が一句を成功へと導きました。「三尺寝」は狭いところで寝るのではなく、本来は日脚がほんの三尺移るだけの僅かな時間の眠りを言います。ウトウトと昼寝の最中のこと。余りにも可愛らしい孫の仕草に、ほのぼのとした日常が感じられ共感を呼びます。

頬のシミひとつ忘れられない夏
[ 埼玉県富士見市 史恵 ]

(評)思いがけない取り合わせの作品。「頬のシミひとつ」と詠んでここで大きく切れます。八音九音の破調句で、断切が読み手に様々な状況を推察させます。“ひと夏の恋”は誰もが感じるロマンの一つですが、道具立てが「シミ」というので類想が及びません。このシミを見ると、ふとあの夏の日を思い出すのでしょう。はしゃぎ回ったあの夏。若かった頃を感じさせてくれる一句。

滝音や草書のやうな道くだる
[ 千葉県船橋市 川崎登美子 ]

(評)本道から分かれ細くくねった道を暫く下って行くと、滝の音も次第に大きくなってきます。「草書」は行書を崩したものと思われがちですが、実際には隷書を早書きするために生まれた書体で点画が大幅に省略され曲線に富んでいます。滝への道を草書のようだという作者の充実の時を、滝が迎えてくれているかのようです。夏の木々の緑の中から滝が現われ、解放感と涼感を届けてくれます。

向日葵も見て回りたる棚田守
[ 東京都渋谷区 駿河兼吉 ]

(評)過疎化で休耕地が増えた今、美しい棚田をいつまでも残そうと活動する「棚田守」。棚田を守り里山を保全します。放置された棚田を復元する作業は山ほどあります。忙しさの中、見かけた「向日葵」も見て回ったという「棚田守」のやさしさが溢れ出ています。山里に暮らす人々の何気ない日常が詠み込まれていて、感謝の気持ちと共にホッとさせられます。

漣を蹴って皐月の空へ入る
[ 東京都練馬区 喜祝音 ]

(評)「漣(さざなみ)」は細波や小波の意味の他に、心中の小さな動揺をも示す漢字となります。俳句は明確な主語が示されていない場合は、一人称なので作者が主語となります。キャンプなどに出掛けた川辺での一句。季語「皐月」は陰暦五月の異名で雨季に当たり、「皐月の空」と言えば梅雨雲に覆われている空模様です。蛍や紫陽花などこの月の風物は、日本独特の情趣があります。「漣を蹴って」に、作者の吹っ切れたような心情が見えます。

夏燕お前はいるのか初孫は
[ 東京都八王子市 石塚明夫 ]

(評)「夏燕」への問い掛けが優しく響く一句。燕の平均寿命は一年から二年で、生きている限り同じ場所に戻って子育てをすると言われます。「初孫は」の問い掛けに、「夏燕」に対する思いやりや親しみが込められています。長生きの燕もいて、四年連続で同じ夫婦が同じ巣でヒナを育てた例も報告されています。初孫誕生は現実味のあることですね。子育てに奮闘する親鳥たちに寄せた作者の想いに心が温まります。

髪洗ひ良妻賢母捨てる日よ
[ 神奈川県茅ケ崎市 坂口和代 ]

(評)髪は年中洗うものですが、夏は汗や埃で特に汚れやすいので「髪洗ふ」は夏の季語となっています。妻として母として歩んできた日々とは裏腹に、どこにこんな大胆な思いが潜んでいるのかと思わせる一句。日常からかけ離れたことへの憧れを感じますが、現実は、家族を置いての夜の食事会程度なのかもしれません。大胆に言い切ったからこそ、反対に作者の貞淑さが引き立ちます。

かたはらに何の鉄棒山清水
[ 神奈川県相模原市 あづま一郎 ]

(評)「山清水」の「かたはら」にある「鉄棒」。人工的な物体が取り合わされることで、清らかな流れがクローズアップされる効果があります。深い山中でのまるでサスペンスドラマのような一件。ふと目にした「鉄棒」の謎が頭から離れない作者。山女魚や鮎を潜って“シャクリ漁”などで狙うとき、漁をする人が流されないように川に立てた鉄の棒を握ることがあるそうです。「何の鉄棒」の謎は解明できたのか、大いに気になります。

朝採れの盛夏山積み猫車
[ 神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦 ]

(評)みずみずしさが売りの夏の果菜たち。トウモロコシにナス、キュウリ、トマトなど豊富で色もカラフルです。朝採れの野菜や果物まで山積みにして、「猫車」を押して帰ったのでしょう。何と贅沢で幸せなことでしょう。品物を言わずして「盛夏山積み」の措辞が申し分のない一句。畑から帰った作者は、これらをどんな料理に変身させるのか羨ましい限りです。

コンクリを染める雨粒蟻走る
[ 神奈川県横浜市 まつといのいち ]

(評)夏の天気は急変しやすく、空が暗くなってきたかと思う間もなく激しい雨が地上を叩き付けます。コンクリートを濡らす瞬間を捉えた一句。「蟻走る」と表現して、日常の一景を優れた観察力で書き留めています。また、コンクリートジャングルと呼ばれる都会のビル群での俄雨で、群衆がサッと逃げ出す光景ともリンクします。「コンクリ」と「蟻」の強弱の対比が面白い一句。

夏向けのマスクをつけて街の中
[ 神奈川県横浜市 竹澤聡 ]

(評)冬の季語である「マスク」ですが、コロナ禍の今は「夏向けのマスク」を皆なで付けているのが、「街の中」の姿なので実感が湧きます。街の人はキャラクター絵柄やお手製のものまでと、カラフルにお洒落になっています。マスクを付けて二度目の夏。ウイルスという目に見えない恐怖が身に迫っているという現実に、人々は慣らされてしまいました。未来の文献にこのパンデミックが、どう記されているのか見てみたいものです。

あとひとつ独り手花火もうひとつ
[ 石川県金沢市 玲 ]

(評)夏の風物詩の花火。「手花火」には職人の技の妙が味わえます。どこか懐かしさの漂う一句です。「あとひとつ」「もうひとつ」のリズム感が心地よく会心の作と言えるでしょう。作者が手に持っているのは線香花火でしょうか。これが最後と思って見つめても、まだ終わりにできない感傷的な想い。そうした作者の心情と僅かな時間で消えてしまう「手花火」の儚さがリンクして、情趣を醸し出しています。

女子旅や穂高の茅の輪無限大
[ 長野県北佐久郡 acari ]

(評)チガヤを輪の形に作ったのが「茅の輪」。十二月の晦日を年越と呼ぶのに対し、六月の晦日を夏越(なごし)と呼びます。長野県安曇野市の穂高神社では「茅の輪」をくぐる「水無月の夏越の祓い」が行われ穢れを祓います。まず左足から踏み入れ、左回り、右回り、左回りと八の字“∞(無限大)”を描いて回るのが正式な作法とされます。下五の「無限大」は限りなく広がる夏山の光景をも捉えてのことでしょう。心に残る景を大らかに詠み、賑やかな女子旅の楽しさが伝わってきます。

自販機のガラと音上ぐ炎天下
[ 愛知県知多郡 伊藤京子 ]

(評)自販機の取り出し口に落ちる音。落下する「ガラ」という音が、「炎天下」ではとりわけ豪快に響いて聞こえたのでしょう。自販機から缶やペットボトルが落下する音を「ガラと音上ぐ」と作者は表現しました。良く冷えた最初の一飲みが全身を巡っていきます。暑い日、誰にでもある記憶だからこそ、読者はすっとその情景が思い浮かびます。ごく日常の光景を俳句に仕上げた一句が楽しくて新鮮です。

干し飛魚を焦がし注ぎし酒を酌む
[ 大阪府池田市 宮地三千男 ]

(評)刺身や塩焼きはもちろん、すり身にしたお吸い物や干物など料理法も豊かな「飛魚」。「飛魚」を九州などでは“あご”と呼んで干物にします。味は淡白で焦がす位に焼くとまた格別の味となります。それに酒を注いで酌むと旨さはひとしおでしょう。仲間と賑やかに酌み交わすのもいいですが、独り酒も絵になる一句です。作者の生き方に根差し人生を詠んだ境涯俳句ともとれ、一句に漂う味わいも格別でひときわ身に沁みます。

八雲立つ大社縁取る晩夏光
[ 大阪府大阪市 清島久門 ]

(評)「八雲立つ」は多くの雲が幾重にも沸き立つさまを言い、出雲の賛美詞です。由来となったのは、和歌の始まりとされる「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」で、作者は須佐之男命です。須佐之男命は本殿の真後ろに祀られています。出雲大社を「縁取る晩夏光」は、現世に現れた素晴らしい光景だったのでしょう。大社に降り注ぐ「晩夏光」に視点を合わせた作者の感性が、神聖な場所をさらに荘厳にさせています。

アイスコーヒー鷹女を読めばほの寂し
[ 大阪府寝屋川市 伊庭直子 ]

(評)三橋鷹女は、中村汀女、星野立子、橋本多佳子と共に“4T”と呼ばれた大正から昭和にかけての女流俳人。「一句を書くことは一片の鱗の剥奪である」と凄まじい想いを語り、「鞦韆は漕ぐべし愛は奪うべし」は代表句。異才の俳人の句集を読みながら、ほっと息を付きたくなる心理が、上五の「アイスコーヒー」で上手く表現されています。「ほの寂し」という作者の心情にも共感を覚えます。

あばら家の輪郭取りて蔦繁る
[ 兵庫県たつの市 田面類 ]

(評)人が住まなくなった家の壁面に思うがまま伸びていく青蔦。いつもは何気なく見つめていて気にも留めていなかった「あばら家」ですが、「蔦繁る」頃ともなるとその姿がはっきりとしてきます。人が去り生気を失った姿に、自然の緑の壁ができます。中七の「輪郭取りて」の比喩表現が効果的で、蔦の緑の鮮やかさがくっきりと「あばら家」を覆っている情景が思い浮かびます。

白パラソル蜂須賀由来の橋渡る
[ 徳島県徳島市 怜玉 ]

(評)夏の日差しの中の「白パラソル」が、際立って見える一句です。日傘の色はカラフルなものですが、この句の風景の中の白はパラソルを差す人物の趣きを漂わせ、淑やかな女性の姿が浮かびます。六音、十三音の字余りの句がイメージを膨らませ、却って快い韻律を感じさせてくれる作品です。

自転車の籠のふらつき梅雨晴間
[ 徳島県阿南市 白井百合子 ]

(評)梅雨が続く中、ふと晴れ間が広がると空の青さも格別に感じます。「梅雨晴間」を狙って急いで自転車を走らせたのか、コロナ禍もあって、スーパーでの買い物が思ったより多くなってしまったのでしょう。自転車の前籠にドサッと入れた重さでふらつきます。自然体の生活詠が心地よく、読み手は気を付けてと声を掛けたくなります。日常の出来事を鮮やかに一句に詠んでいます。

週末の夜濯ジャズを聞きながら
[ 徳島県板野郡 一子 ]

(評)「夜濯ぎ」は夏の季語で、日中に汗した衣類などを夜に洗い、濯いで干しておきます。「週末の夜濯ぎ」とあって、明日からの休日の嬉しさも感じられ「ジャズを聞きながら」の気分がよく伝わってきます。洗い終えて夏の夜風に当てます。ジャズの軽快なナンバーに合わせて、夜のひと時を過ごす幸せそうな作者が見えてきます。

無言てふアンチテーゼや汗拭ふ
[ 愛媛県松山市 秋本哲 ]

(評)「アンチテーゼ」とは、ある事柄や主張を否定するために出す反対の主張のことです。コロナ禍の今、作者は「無言」そのものにそれを感じたのでしょうか。「無言」という形で現実に抗いながら過ごす作者。「汗拭ふ」に、コロナ禍の夏を生きる作者の生活感が漂います。出口が見えないことに対する無力感を読者と共有する一句に仕上がっています。

竹落葉眠り薬となる文庫
[ 大分県豊後大野市 後藤洋子 ]

(評)竹は新葉が出始めると、黄葉した古い葉を落とします。竹林に舞う古葉は美しく「竹落葉」は夏の季語です。「文庫」を読み始めると睡魔に襲われたという一句。中七から下五の措辞が意表を突き、作者の独特の視点が現れています。心地良さに包まれながら次第に眠りに落ちていく作者。ひらひらと舞い落ちる「竹落葉」が句に優しさを出し、軽みのある一句になっています。

佳作

インスタ映えなる流行やかき氷
北海道函館市 大岩流星
難題を飛ばす群青色の夏
青森県青森市 和田勤
アルペジオ弾く指先に蝉時雨
岩手県一関市 砂金眠人
向日葵や子等の声聞く青き空
岩手県奥州市 千葉薫風
黄金草百万本の恋謳う
岩手県北上市 川村庸子
斜め射す机上の患う巴旦杏
岩手県盛岡市 蘭延
かき氷命の芯が目を覚ます
秋田県湯沢市 曲がりしっぽ
新馬鈴薯掘る老父と娘は無口
山形県鶴岡市 齋藤紀子
夏の水片手でかけて鎌を研ぐ
山形県米沢市 山口雀昭
武蔵野のうどん旨しや青田波
福島県白河市 伊藤正規
にわか雨晴れ間に虹の水たまり
茨城県筑西市 田宮秀敏
雨香る気持ち踊りし夏の足音
茨城県つくば市 小林早苗
五月雨やよく眠れると母の声
茨城県日立市 松本一枝
夏虫や面接会場時を待つ
茨城県水戸市 一本槍満滋
明日近く昨日の遠く夕端居
栃木県宇都宮市 平野暢月
夏惜しむ修練場の青畳
群馬県伊勢崎市 白石大介
舌出して子ら笑いけりかき氷
群馬県前橋市 荒井寿子
日の常があってこそ由し夏座敷
埼玉県川口市 勝彦
利根堤風の飛びつく夏帽子
埼玉県行田市 吉田春代
友達のやうな顔して蠅止まる
埼玉県越谷市 新井高四郎
その手かとまったかけたし青簾
埼玉県さいたま市 アヴィス
蚊帳吊りし釘の残れる八畳間
埼玉県東松山市 嶋野靖子
月涼しグラステトラの寂光よ
埼玉県深谷市 深谷健
バリバリの洗濯物に蝉時雨
埼玉県和光市 此順
噴水と青き若さに気圧さるる
埼玉県和光市 島川ちよ
椰子の木を包むがごとく二重虹
千葉県佐倉市 佐々木宏
我を見て逃げ立つ眼白お前もか
千葉県千葉市 笠井淑子
緑陰に三匹の猫うずくまる
千葉県千葉市 加世堂魯幸
青蔦や珈琲の香の膨らみて
千葉県船橋市 井土絵理子
ベランダに飛んで火にいる熱帯夜
東京都板橋区 川畑さやか
溽暑なほ町変容の重機音
東京都江戸川区 羽住博之
星涼し隣の部屋の長電話
東京都大田区 萌木ひと未
高台の風鈴の音を友として
東京都渋谷区 駿河兼吉
向日葵やはるかに光る安房の海
東京都渋谷区 駿河兼吉
蛍火はピアスの片つぽ旅かばん
東京都杉並区 田中有楽
現代は無情の夏の上にあり
東京都中央区 寛衣
四十肩隠して通すアロハシャツ
東京都豊島区 潮丸
カシスオレンジの空仰向けの蝉
東京都中野区 いわながたけひろ
蚊柱を払いて終の棲家かな
東京都練馬区 符金徹
海の衛士波にて剣を研ぐ虎魚
東京都文京区 遠藤玲奈
電線に切り分けられた夏の雲
東京都文京区 柴山修丈
密な時間家族と過ごせた夏休み
東京都目黒区 ワーグナー翔
柿若葉雨後の滴の映る空
東京都小平市 佐藤そうえき
蒸し暑さ今日は戻りてどっこいしょ
東京都西東京市 さんし
鈍行の車窓を満たす五月富士
東京都八王子市 村上ヤチ代
たて長に画紙ととのえて立葵
東京都武蔵野市 白以風信子
窓あけば窓のかたちに蝉しぐれ
神奈川県川崎市 下村修
迷走し見慣れぬ邑の星涼し
神奈川県相模原市 金本節子
シュワシュワとラムネの泡や里遠し
神奈川県相模原市 藤田ミチ子
薔薇一輪活けて空気の変りけり
神奈川県相模原市 渡辺一充
峰雲へ突つ込むやうに心の帆
神奈川県逗子市 上泉呑海
山一つ蝉の牙城となる日暮れ
神奈川県茅ケ崎市 田中かつみ
葭簀張りアルプスからの風透かし
神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦
電柱の影をのばして晩夏光
神奈川県横浜市 要へい吉
渓谷やせせらぎ蒼し蝉時雨
神奈川県横浜市 教示
りんの音や鉄漿蜻蛉いづくより
神奈川県横浜市 鷹乃鈴
会えぬ友素麺送り声を待つ
神奈川県横浜市 前田利昭
茄子の花確かな場所で育みぬ
新潟県長岡市 安木沢修風
梅雨冷の永遠の見送りクラクション
新潟県新潟市 小野茶々
なぜ呼ぶのまつ毛ぱつちりねぶの花
新潟県南魚沼郡 高橋凡夫
オホーツクの海よ海霧深く四島遠く
石川県加賀市 敬俊
夏草に栞を挟む方丈記
長野県南佐久郡 高見沢弘美
晩夏はや湖に浮かびし御堂にも
岐阜県岐阜市 辻雅宏
咲き集いハートの形さるすべり
岐阜県郡上市 海神瑠珂
警報の割れて届きぬアマリリス
岐阜県多治見市 緑
リストラは噂にをはりラムネ抜く
岐阜県土岐市 近藤周三
風鈴の立ちっぱなしの一日なり
静岡県湖西市 市川早美
紫陽花で膨らんでいる道の角
愛知県高浜市 篠田篤
整然と自転車並ぶ夏期講座
愛知県東海市 桃始笑
吾子の掌に温む百円ラムネ買う
愛知県豊田市 アバズレーナ
打席立ち息を吸い込み風薫る
愛知県名古屋市 愛山
カーナビの道なき道よ五月晴
愛知県名古屋市 藍太
お早うと声が駆けだす日焼の子
愛知県名古屋市 久喜聖子
走り根に乙に澄まして雨蛙
愛知県日進市 嶋良二
花火師の痩せぎしの手の正確さ
三重県鈴鹿市 長谷つや子
風薫る雲は浮気な彫刻家
三重県松阪市 宇留田敬子
初蝉や今日の予定は医者とジム
三重県松阪市 谷口雅春
枝の先に止まり囀る夏雲雀
三重県松阪市 春来燕
昼寝ゴザ大小ありて足の裏
京都府京丹後市 川戸暉子
二回目のワクチン終えて昼寝かな
京都府京都市 水色
ぷつつんと切るナイターの生中継
大阪府大阪市  三木節子
十万の空席の意気ダービー馬
大阪府池田市 宮地三千男
水打つ手止めて喪服の人笑まふ
大阪府和泉市 小野田裕
泉湧く世界はすこし薄まりぬ
大阪府茨木市 吉野茉莉
伯耆富士を孕みて高し雲の峰
大阪府大阪市 清島久門
あの虹の裏側きつと涙いろ
大阪府大阪市 清島久門
五月雨の海鼠壁から跳ねる魚
大阪府大阪市 清島久門
爺二人日傘連ねて趣味の会
大阪府河内長野市 新田嘉子
日盛りのリハビリはあのポストまで
大阪府堺市 伊藤治美
今朝の夏リボン結びの後ろ手に
大阪府堺市 椋本望生
為残したあれこれ浮かぶ半夏雨
大阪府泉南郡 藏野芳男
夕焼けて有り難きかな今日の無事
大阪府高石市 岡野美雪
水馬悲哀の上を滑りけり
大阪府寝屋川市 伊庭直子
ラムネ玉鳴らす仲見世通りかな
兵庫県尼崎市 大沼遊山
風鈴を落ちつかせたる午後の風
兵庫県尼崎市 大沼遊山
どこまでも向日葵続く恐ろしさ
兵庫県神戸市 季凛
幼子が目覚めて語る草いきれ
兵庫県神戸市 鞍馬睦子
またおいで待っているよと老いの夏
兵庫県神戸市 日の峰桜
槍投げてよりの雄叫び雲の峰
兵庫県神戸市 平尾美智男
艶やかに二の腕見せて釣忍
兵庫県三田市 立脇みさを
玉葱を切っていたのと照れ笑い
兵庫県西宮市 幸野蒲公英
動画みてラムネ受け取る冷めた子ら
兵庫県西宮市 森田久美子
金魚鉢うたかたの恋ただ眺む
兵庫県姫路市 和田清波
リュックより朝採れの茄子君呉るる
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
夏の雨パタパタとまず心乱れ
奈良県大和高田市 馬暉
背を刺す陽最後のアウト宣せらる
島根県出雲市 後藤英興
夕立ちやにげきれにげきれスーパーカブ
岡山県岡山市 かるさわ
海光の初夏のイルカや真帆片帆
岡山県岡山市 森哲州
ぽつねんと家並の果の遠花火
広島県尾道市 広尾健伸
朝蝉や植え込みのかげ透く猫背
広島県広島市 朋栄
蟹横断赤信号と見なす夕
広島県福山市 永見昂大
庭隅に気づけば群る十薬の白
広島県福山市 林優
帰り道放るボールと夏終わる
山口県下関市 季猫
父子競ふ沖の沖まで夏日傘
山口県山口市 鳥野あさぎ
借り物の理屈はいいから鰻食え
山口県山口市 渡邉貴之
使いこむ藍の団扇や枕元
徳島県徳島市 藍原美子
梅雨空に客無き法事経流る
徳島県徳島市 京
ピアノぽろん夏の終わりの音である
徳島県徳島市 山之口卜一
落蝉の場所かえてみて小さく鳴き
徳島県徳島市 山本明美
うつせみの苦しまぎれの夜泣き声
徳島県阿南市 高橋聖花
「好き」の声ひゅーと混ざりて大花火
徳島県小松島市 長楽健司
生きるもの皆躍動の夏初め
徳島県板野郡 秋月秀月
浴衣着て翼の様に袖広げ
徳島県板野郡 チエ子
父の日やげんこくれたる父のこと
徳島県板野郡 伊藤たつお
七変化昨日と違う今朝の庭
徳島県板野郡 奥村文子
水無月の奏者煌めく駅ピアノ
徳島県板野郡 博之
かき氷色付く舌を見せ合う子
香川県高松市 宮下しのぶ
幼き手蛍一匹包み込む
香川県高松市 宮下しのぶ
コロナ夏金丸座に勘三郎
香川県仲多度郡 佐藤浩章
七十路や歩危のまなかの谷若葉
福岡県飯塚市 日思子
魂は飛びて空蝉残りけり
福岡県田川市 原田祥二郎
打ち水に出会いの人の和みよう
福岡県太宰府市 藤木久光
葛切や父母の星姉の星
福岡県福岡市 青木草平
起き抜けにベランダ逃げる山蟹よ
福岡県福岡市 中村剛
腎に効くツボ押し合うや夏の果
長崎県長崎市 笹井登美子
早瀬なる水面跳ねいく鮎一尾
佐賀県唐津市 浦田穂積
コロナの禍人出減らない街薄暑
大分県国東市 木村弘治
横顔のピカソの女夏の果
大分県国東市 吾亦紅
ギヤマンは海の色して夏料理
大分県豊後大野市 後藤洋子
花火舞う綺麗な夜空心打つ
鹿児島県鹿児島市 有村孝人
訓練の消火剤舞い雲の峰
沖縄県豊見城市 あまがみこ
笑ひ声はじける庭や夏灯
アメリカオレゴン州 ロイ美奈