HAIKU日本大賞2021春の写真俳句 発表

2021春の写真俳句大賞

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老い二人ゆるりゆるりの桜人

[ 和歌山県橋本市 徳永康人 ]

(評)たった半月ほどで地に落ちてしまう桜と、それに反して長い時を経て仲睦まじさという得難い実を得た夫婦。それが「ゆるりゆるり」という擬音にうまく絡んでいます。桜を踏みながら遠くへと歩いていく、この奥行きある写真も、そのテーマを浮かび上がらせていて、手練れがつくった写真俳句といえるでしょう。

次点

補陀落へ出航せんと花筏

[ 徳島県徳島市 山之口卜一 ]

(評)いったいどこへ行こうというのでしょう。これ程びっしりとした花筏に包まれて、どこまで進んでいくのでしょう。桃色が鮮やかに見えますが、花筏は散った桜。そのせいか、道行は裏腹なもののようにも見えます。

嘘をつく相手もなくて藤の房

[ 愛知県岡崎市 山田凡 ]

(評)誰に嘘をつきたかったのでしょうか。どんな嘘をつきたかったのでしょうか。その嘘をつくことで幸せになれたのでしょうか。誰でも心に抱えているであろう秘密を、そっと呟きたくなります。それを藤の花ひとつに焦点を当てたこの写真が、ますます句を引き立てています。

<秀逸賞>

六方を片栗の花遍照す

宮城県仙台市 繁泉祐幸

(評)うつむき加減に咲くことから“初恋”“寂しさに耐える”の花言葉をもらった「片栗の花」。大方は赤紫色で白い花は珍しく清らかに咲く姿はその花言葉にぴったりです。「遍照」は、仏の真理があまねく世界を照らすことで、六弁の花は東西南北と天地を照らしているかのようです。玉ボケの技法を使った写真はたくさんのオーブに見え、小さな花の存在を大きく浮かび上がらせています。

一本の咲き遅れたるチューリップ

埼玉県春日部市 月影の桃

(評)スッと立つ後ろの釣り鐘形のチューリップとは対照的に、痛々しい傷が見える自分の葉に絡まってしまい、その葉っぱで顔を覆うかのような一本。どこか恥じらうようでもあり、この愛らしい一本のチューリップに「頑張れ」と声を掛けたくなります。力強く花開くに違いありません。感情を抑えた表現が一層読者の心を掴みます。


木の芽晴求愛の舞完成す

千葉県市川市 森中ことり

(評)背景の柔らかい色合いが春の到来を思わせ、鳥たちの囀りもいよいよ賑わいを増します。雌の気を引くために雄はダンスでアピール。作者のレンズが捉えたのは大きく羽を広げた普段では見られない情熱的な姿です。見栄を切る歌舞伎役者のように舞い切った求愛のポーズ。鳥たちの恋の季節を鮮やかに切り取った写真俳句です。

菜の花や橘寺にはじまりぬ

千葉県船橋市 井土絵理子

(評)「橘寺」は、奈良県明日香村にあるお寺。作者もひととき、古人の心に触れることができたことでしょう。「橘寺」の本尊は聖徳太子。太子建立の7カ寺の一つで、本堂は江戸末期に再建されたものです。長閑な景色の中、花菜風に心地良さを感じつつ旅を続ける作者の姿が目に浮かびます。飛鳥時代へのロマンを秘めた落ち着いた佇まいが魅力の写真俳句です。


菜の花や鈍感となる寂しさに

東京都杉並区 花霞

(評)春らしさを画面いっぱいに切り取った一枚。その光景は延々と続き、大地の広がりや春の陽気をたっぷりと伝えています。句は、春の愁いを含んだ一句。打てば響くような感覚も次第に薄れていく寂しさを想起させ、誰もが避けて通れない老いを感じさせます。大自然が鮮やかな明るい黄や黄緑で作者に優しいエールを送っています。

桜東風五百羅漢に流れゆく

東京都清瀬市 ベース

(評)「桜東風」は桜の咲く頃、西高東低の気圧配置が緩んで吹く春を告げる東風のことを言います。漢字の多い詠みが重厚感を出した一句です。立ち並ぶ「五百羅漢」の石像に流れゆく「桜東風」を読者もまるでその場にいるかのように感じ取ることができます。堂々と詠み上げた句が居並ぶ釈迦の弟子たちの持つ趣と合っています。


花笑い人も笑えるいつの日か

東京都町田市 横井澄

(評)写真だからよく分かりますが、その場ではなかなか気付きにくいもの。人文字ならぬ、何と桜の花が編み出した文字。「笑」と読め、背景を濃くすることで鮮明に捉えられています。厳しい世の中にあっても自然は、何も変わらずこうして美しい春を届けてくれます。大きく映し出された「笑」の文字と句が鬱々とした心を和ませてくれる写真俳句です。

一昨年の春はもう偲ばずの池

東京都町田市 渡辺理情

(評)昨年に続き、今年の花時も静かに幕を閉じました。ここは上野恩賜公園、対岸にはパワースポットとしても有名な不忍池辨天堂が見えます。思い出されるのは華やかさを纏った人並み。「花衣」の季語もあるくらい人の心も晴れやかでした。作者は“不忍池”を見ながら「もう偲ばず」と詠み、世の一切のものは絶えず変化するという無常観も醸し出しています。


偶然のホースのかたち春うふふ

東京都武蔵野市 伊藤由美

(評)さまざまな影が作り出した楽しい一枚。直線の影とホースの形、隅に写り込んだピンクのサンダルとすべてがバランスよく納まっています。主役は丸まって偶然にできたホースのト音記号の形。直線はまるで譜面のようです。写真とユーモアのある詠みがお互いの良さを高め合っています。「春うふふ」の下五が何とも楽しいですね。

自ずから手足の跳ねて蝶の昼

神奈川県厚木市 折原ますみ

(評)早春の下萌えも瞬く間に成長し、春色に覆われた河川敷。菜の花畑の波をかき分け、蝶を追ってきたのでしょうか。作者も童心に帰って燥ぐ姿がユーモアたっぷりに詠まれています。子ども達の姿に蝶を重ねて一句を上手く完結させています。句が添うことで写真の魅力が一層高められた作品。


額縁は桜花が似合う富士の山

神奈川県平塚市  八十日目

(評)額に収めてずっと鑑賞していたいような一枚。日本人だけでなく世界の人々が目を奪われそうな写真俳句です。この瞬間を一途に咲く桜花と、雪を残し悠然と構える富士山との対比が見事です。今の季節にしか出会えない、桜と富士山の美の競演を目の当たりにできたのは羨ましい限りです。「桜花」の響きで重量感のある一句となっています。

3.11リアスの浜に挽歌聞く

神奈川県横浜市 楽ハイシャ

(評)復興のシンボルとして保存管理されている岩手県陸前高田市の“奇跡の一本松”。2011年の「3.11」。東北特有の「リアスの浜」に押し寄せた大津波に全世界が震撼させられました。10年目のこの日、この浜を訪れた作者の心情を書き留めた一句が胸に深く沁みます。十七音に書き留めようとする作者の想いがひしひしと伝わってきます。


幸せや仕事場しばし花の下

石川県金沢市 百遍写一句

(評)仕事場は工事現場。背筋がスッと伸びている姿に、誇りをもって励んでおられる様子が伝わってきます。行き交う人たちを手旗で整理しながら、今が満開の堂々たる桜の下での心浮き立つ思い。作者がこの光景に感じた実感が一句から読み取れます。車両を誘導する男性の心情に寄り添った、日常の中の素直な一句となっています。

スキップの学童の粋チューリップ

岐阜県岐阜市 鈴木白湯

(評)チューリップをほぼ水平のアングルで撮ることで花が幾層にも重なって見え、単に花畑というだけではなく様々な色の芸術を思わせます。春の日差しをいっぱいに浴びた花や葉のひとつひとつが生き生きと輝いています。ズームアウトすれば、そこにはスキップする子ども達の姿があるのでしょう。彼らの楽し気な表情を描き出しています。


船影のやがて島食む春の海

岐阜県郡上市 海神瑠珂

(評)穏やかに凪いで洋々とした「春の海」が長閑さと大らかさを与えてくれます。そこにゆったりと漂う大型船。威圧感を覚えるほどの大きさで島に近づいています。「島食む」の表現で、島を食うようにして静かに移動する「春の海」の船の様を的確にスケッチした写真俳句です。

お互いに母を語りて梅日和

愛知県名古屋市 久喜聖子

(評)凛とした一輪の梅。この梅に高潔さを感じるのは、被写体に寄せる写す側の心が大きく作用しているのでしょう。いち早く咲いて踏ん張っているようにも見えますね。かけがえのない母の存在と重なります。母の面影を宿した一輪の美しさが句と符合し余情を感じさせます。梅を見ながら母親に想いを寄せる会話が聞こえてきそうです。


夫婦仲よくて穏やか春の海

大阪府高槻市 多田檀

(評)海苔を収穫しながら割竹の海苔ひびの間をゆったりと進む夫婦の姿。手際よく息の合った作業がしっかりと捉えられています。春の光と響き合う長閑な凪の「春の海」と、人間の生活との関わり合いが映し出されています。海のおおらかさと夫婦の息の合った様子を見つめた写真俳句は、実に穏やかで淡々とした日常を捉えています。

蒲公英の絮に潜むる小宇宙

兵庫県西宮市 幸野蒲公英

(評)蒲公英の絮を見つめる作者の眼差しが優しいですね。これから飛び立とうとする絮がかたどる「小宇宙」。こんな神秘的な姿を間近に見せてくれると、命あるものすべてのかけがえのない存在を感じます。そよ風にも吹き飛ばされてしまいそうな絮毛を「小宇宙」と感じる作者の感性が生きる写真俳句です。


廻りきし喜びの春唄ひけり

奈良県奈良市 堀ノ内和夫

(評)誰しもが抱く春を迎える喜びを生き生きとした息遣いで詠んだ句と、華やかな写真が読者を捉えます。一面が花の絨毯となった芝桜は、所々色を変えグラデーションとなり、チューリップも加わって喜びに満ち溢れているように見えます。「喜びの春唄ふ」朗らかな歌声が聞こえてくる写真俳句です。

風に落つ桜の下に千年の夢

奈良県大和高田市 まき

(評)桜吹雪の頃も過ぎて桜には少し寂しさも感じられる反面、枝ぶりが強調され伸びていく力強さを感じさせてくれる一枚。掲句で桜に対して詠まれた思いは「千年の夢」という果てしないもの。桜の木の下には果たして、どんな夢が眠っているのか気になるところです。作者の想いが詩情豊かに詠み込まれています。


ぽうぽうと桜の駅に夜汽車着く

徳島県徳島市 今比古

(評)公園に置かれている汽車のオブジェと夜桜を取り合わせた情緒ある一枚。「ぽうぽう」のオノマトペの汽笛が写真の雰囲気によく合っています。ライトで輝いて見える「桜の駅」という田舎の終着駅に、最終の夜汽車が着いて汽笛が響いたかのように感じたのでしょう。歯切れの良い詠法が、却ってしみじみとさせてくれる写真俳句です。

真直ぐなる道を照らせり寺の春

福岡県飯塚市 日思子

(評)真っ直ぐな参道に春の光りが射し込んで、何とも気持ちの良い「寺の春」。夏を目前にして緑の鮮やかな美しい一枚です。句の措辞にある「照らせり」には、木々の豊かな色彩が目の前の道を照らしているという意味と、仏教の教えを説く道を仏が指し示しているという意味もあるのでしょうか。作者の秘めた思いが届いてきます。

<佳作>

一年生友達百人できるかな

北海道札幌市 鎌田誠

明暗にこの次はないさくら花

宮城県仙台市 泉陽太郎

一途ともさり気なくとも桜咲く

山形県酒田市 ボンボン

城址濠桜に映る赤き橋

山形県米沢市 山口雀昭

とも綱の浮きつ沈みつ春の海

茨城県水戸市 打越榮

春光や光線の先犬の鼻

埼玉県行田市 吉田春代

やさしさや子持ち狛犬花の下

埼玉県狭山市 ワンダー21

葱坊主登校班は出発す

埼玉県和光市 此順

喧嘩できるだから親友チューリップ

千葉県浦安市 大井和歌

庭園の香りほのかに春浅し

東京都荒川区 涌井哲夫

大自然じっと蜜吸う蝶ひとつ

東京都板橋区 白いイチゴ

その赤に思い出包む躑躅かな

東京都品川区 ピンクのスイーツ

クローバー恋の始まるタイミング

東京都豊島区 白河小百合

大木や春の光をこぼさじと

東京都目黒区 ワーグナー翔

巨石にも負けぬ根を張り木の芽晴

神奈川県厚木市 折原ますみ

そよそよと垂れて清けき藤の花

神奈川県鎌倉市 奈賀子

片田舎なれど日本の春集う

神奈川県平塚市 八十日目

仰ぎ見る武甲は年々近くなり

神奈川県横浜市 教示

蕗の薹おてんと様のメロンパン

新潟県新潟市 小野茶々

通学路白髪の薊見守りて

大阪府松原市 山野ちづる

三密を避けたいところ温む水

徳島県徳島市 今比古

空海も仏も花の下にゐて

香川県高松市 小野牧子

菜の花や検診結果届く昼

高知県南国市 ホノボーノ

新コロナどこ吹く風やチューリップ

福岡県田川市 原田祥二郎

森の中の巣箱は黄色背の高さ

佐賀県佐賀市 大崎麻衣

紅梅をコツンと揺らす白球よ

佐賀県佐賀市 松尾直幸

ひとひらの白木蓮の重たさよ

宮崎県都城市 杉本雅洋

※俳号で応募された方は、原則として俳号で掲載させて頂いております。