HAIKU日本大賞 大賞発表

HAIKU日本2021秋の句大賞

大賞
糊かたきカフスの穴や九月尽
[ 東京都杉並区 田中有楽 ]

(評)九月尽というのは、陰暦九月晦日のことを言います。陽暦にすると11月初旬にあたり、2021年では11月4日が陰暦9月30日でした。陰暦では、7月、8月、9月を秋としますので、九月尽という季語には、秋を惜しむ気持ちと暮秋の感慨がうかがわれます。掲句では、カフスと九月尽の取り合わせの新鮮さがあります。日頃からカフスを使われているビジネスパーソンか、フォーマルな会に出席するのにカフスシャツを着用される場面なのでしょう。袖口を留めるときに、糊のつよさを感じたという細やかな発見と着想がこの句の眼目であり、袖口のかたい触感は暮秋の肌寒さに通じているのでしょう。生活のなかで季感を発見したすぐれた作品です。

特選

特選
座布団を一枚干して秋彼岸
[ 三重県松阪市 谷口雅春 ]

(評)「秋彼岸」には、先祖の墓参りや法要が営まれます。焦点が「一枚」に凝縮されたような一句。なぜ、一枚なのか。新型コロナウィルスのパンデミック以来、世の中の様々なものの在り方が変化しました。彼岸の法要も簡素化されています。一枚とは僧侶の為のものでしょうか。出席する縁者はいなかったのでしょうか。一枚というのが感慨深く、一読、心に残って忘れがたい俳句となっています。中七の「て」止めの軽い切れも効果的で、読み手の心を捉えます。

特選
秋空を蹴る太極拳の靴の先
[ 大阪府大阪市 清島久門 ]

(評)中国武術の一つ「太極拳」。深い呼吸と緩やかな動きが心身の健康に効果をもたらすとして国内でも普及しています。靴はその道を究めるための大切なアイテムです。習い事の始めはビギナー用のグッズで身を固め、腕が上がるにつれて道具も服装もグレードアップされます。澄み切った秋空のもと、作者が足を止めたのは太極拳の練習風景。熟練者らしき人の「靴の先」まで決めた型に釘付けにされたのでしょう。靴先の一点を詠むことで、その真剣な眼差しや周りの光景など見えないものまで見せ、十七音に描き切った特選句。

準特選

準特選
愛されし分だけ悲し菊日和
[ 岩手県北上市 川村庸子 ]

(評)身近な人との別れがあったのでしょうか。「菊日和」は、菊の盛りの頃の穏やかな晴天を言います。一緒に菊の花を愛でながら巡った日、あるいは二人で菊の花を育てた日々の仲睦まじい姿が浮かびます。菊の香の漂う澄み渡った秋の一日に、この別れがとても辛く感じられます。「愛されし分」は、この先も作者の中でずっと生き続けることでしょう。心象を詠んだ二句一章句として、繊細な心情が描かれています。

準特選
身に入むや石ころに石ころの影
[ 茨城県常陸太田市 舘健一郎 ]

(評)「身に入む」は、平安朝半ばに和歌に愛用された言葉で“秋のあわれ”のこと。秋も深まりもの寂しさがしみじみと感じられることを言います。石ころの影に作者はそれを感じたと詠みます。無機質である「石ころ」に生命を与え、石ころを生あるものと見た作者の眼力が一句を支えています。定型を破り五五七で詠んだ一句。上五で「身に入む」を詠嘆することで季語の力は強まり、措辞の破調はざわざわした作者の心情を表出し、「影」の名詞止の省略によってその効果はさらに増します。自然の石に対する寂寥感を滲ませています。

準特選
のどぼとけ秋天あおぐほど笑う
[ 徳島県徳島市 山之口卜一 ]

(評)豪快な笑い声が聞こえてきそうな一句。どんな面白い場面に遭遇したのでしょうか。それ程笑える出来事、それ程笑える話に羨ましい限りです。「のどぼとけ」と「あおぐほど」は漢字にせず平仮名表記として、おおらかさが加わりました。一句を締める「笑う」と字面からもよく合います。抜けるような真っ青な空の「秋天」、その澄み切った秋空に笑い声が響き渡る様が容易に想像できます。言葉を選び、仕立てる作者のセンスの良さが光ります。

秀逸句

ステゴドン秋澄む浜に蘇生せり
[ 埼玉県さいたま市 アヴィス ]

(評)「ステゴドン」は、ゾウの系統で長く前に突き出した牙が特徴です。日本でも500万年前からの地層から化石が発見されており、その頃ゾウの仲間が繁栄していたことになります。「蘇生せり」で、「秋澄む浜」にまさに蘇ったかのような印象を植え付けます。作者は手作りの砂の像を出現させたのでしょうか。「せり」と言い切った一句が鑑賞の翼を広げ、読者を太古の昔に連れて行ってくれます。

彼岸花暗き世情を灯しけり
[ 千葉県佐倉市 佐々木宏 ]

(評)秋の彼岸の頃に咲くので「彼岸花」と呼ばれ、本季語は「曼珠沙華」。土手や畦に群がって咲く真っ赤な花は親しみを覚えますが、墓地などにもよく咲くので暗いイメージが付きまといます。確かに、未来が何も見えてこない気がする今、ひっそりとした彼岸花の赤でも世情にともす灯りと作者には思えたのでしょう。ひっそりと咲くことを求められているかのような彼岸花の本意本情を優しく受け止めた作品です。

香りたつ新酒を先づは家神へ
[ 東京都渋谷区 駿河兼吉 ]

(評)現在、日本酒の醸造は寒造りがほとんどで、製法により新酒の出荷時期も異なります。この為、時期ごとにそれぞれの新酒を楽しむことができます。かつては、新米を収穫するとすぐに醸造したので、新酒は秋のもので季語も秋とされました。家飲みが当たり前となった今、豊潤な味わいが特徴の新酒を楽しめる幸せ。今宵、旨い酒がこうして飲めるのも、家神様が守ってくれているお蔭と、真っ先にお供えする姿に感謝の気持ちが伝わってきます。

俎板を覆ふ如くに柚子香る
[ 東京都八王子市 村上ヤチ代 ]

(評)香りと酸味が料理をひときわ引き立ててくれる「柚子」。そんな柚子が香り立つ台所を詠んだ一句。「俎板を覆ふ如く」という比喩が生活詠の極みともいえる味を出しています。切れば俄かに香りたち柑橘系のフレッシュさで満たされます。柚子の芳香だけに焦点を絞り、簡略化して詠んだところが効果的な一句です。柚子と共にどんな食材が食卓に並べられるのでしょうか。

風去つて風のかたちの稲を刈る
[ 神奈川県川崎市 下村修 ]

(評)台風などが去った後の倒れ掛けた稲が、「風のかたち」に傾いていることに気付いての一句。「風」のリフレインで仕上げたところが印象的です。分かりやすい言葉だからこそ、誰もがその情景をすぐに思い浮かべることができます。「風去つて」の五音で嵐の去った安堵感が盛り込まれていて、「かたち」を「形」ではなく平仮名表記したことで句が柔らかくなり、安堵感を視覚でも読者に伝えています。

余生とはまだある未来鷹柱
[ 神奈川県相模原市 あづま一郎 ]

(評)二物衝撃の趣きを持って、季語「鷹柱」にぶつけた秀句。鷹の半数は北方から渡ってきますが、残りの半数は日本で繁殖を終え南へ渡ります。群れをなして渡るのは後者の方で、サシバの群れなどは渡るのに先立って上昇気流を捉え高く舞い上がります。これが「鷹柱」で晩秋の季語です。中七の措辞が皆に勇気を与えてくれる力強い俳句となっています。

寂聴師阿波の踊りの如く生く
[ 新潟県長岡市 安木沢修風 ]

(評)11月9日に寂聴さんが永眠されました。命あるものの本質をいつも見ていたような女性でした。明るさと哀しみの狭間を生きた九十九年の人生。生き様を「阿波の踊りの如く」と詠んだ作者のこの一句は、寂聴さんのもとにも届くことでしょう。「結局、生まれてきたら死ぬのだから死ぬために生まれてきて、別れるために会うんですね。本当にたくさんの人、親しい人を見送ってしまうと寂しいって言うんじゃなくて、向こうへ行ったら会えるっていう気がしてきています。」この寂聴さんの言葉通りに、今頃きっと再会を楽しまれていることでしょう。

空千変万化金沢冬隣り
[ 石川県金沢市 岩本久美 ]

(評)加賀百万石のお膝元、小京都としても人気の高い金沢。荒波の日本海に面するゆえの気候は「千変万化」するのに違いありません。十八音で一気に詠み上げた破調の一句。固有名詞の「金沢」もよく効いていて、その地をよく知る人は冬を間近にした空を、すぐに思い浮かべることができるでしょう。秋空の移り変わっていく様をほぼ漢字だけで見事に表現していて、小気味よく印象深い一句となりました。

日の匂ひ孕み新藁ふくいくと
[ 岐阜県岐阜市 辻雅宏 ]

(評)「新藁」には新鮮な独特の匂いがあります。素直に真っ直ぐに詠み上げた一句。「ふくいくと」によって良い香りが漂ってきて、収穫後の喜びや安らぎが読み手にも伝わってきます。現在、藁の用途は一般に見かけることは少なくなりましたが、古くは筵、草履、屋根など日常生活の中に様々な形で利用されてきました。その匂いは母の匂い、あるいは故郷の匂いとして遠い日の記憶と結び付けられます。

踊笠恍惚の母はしきやし
[ 岐阜県土岐市 近藤周三 ]

(評)盆に招かれてくる先祖の霊を慰め、これを送るために集まって踊るのが盆踊り。母の表情を「恍惚」と「はしきやし」で表した一句。「はしきやし」は、形容詞の「美し」の連体形に間投助詞の「や」と「し」を用いた連語です。「ああ、いとおしい」の意味になります。「踊笠」は女性が被るもので、盆踊りの母の表情を「恍惚」と詠んだ強い官能性も、句に奥行きと普遍性を与えています。一心不乱に踊る母親の姿が、子供心に恍惚感を感じさせたのでしょう。

恩師より貰いし句集読む良夜
[ 愛知県東海市 桃始笑 ]

(評)月の明るい夜は華やかで楽しい気分になるものです。「良夜」は、俳句では陰暦八月十五日の名月の夜に限られて詠まれます。いつもは大事に仕舞ってある句集を今夜、懐かしさと共にひも解いたのでしょう。それが、思い入れのあるものだということは、読み手にも伝わってきます。灯火親しむ秋、「良夜」と「句集」の取り合わせが、秋の夜の風情を一層濃くしています。素直な叙述の一句が心に残ります。

小さき風放さぬ萩のしなやかさ
[ 愛知県名古屋市 久喜聖子 ]

(評)「萩」の本意本情を詠んだ見事な一句一章句。風に揺れる萩の小花を的確に捉え表現しています。可憐で優美な萩ならではの句として、しっとりとおさまっていて、慎ましく気品のある様や風に揺れ咲きこぼれる情景が浮かびます。秋の七草の一つにも数えられる萩は、古くから日本人に親しまれ数多くの詩歌に詠まれてきました。秋の寂しささえも感じられる風趣ある句になっています。

吊るし柿座敷に回る影ながし
[ 大阪府池田市 宮地三千男 ]

(評)皮を剥いた渋柿を軒先に吊るし甘くなるのを待つ「吊るし柿」は、先人の知恵の詰まった保存食のひとつ。愛され続ける日本人のソウルフードです。外の風景として詠んだ句は多々ありますが、掲句は「座敷に」とあるので家の中から見た景。吊るした柿が「回る」様を描写し、その影は「ながし」とまで詠んでいます。それは段々と昼間の時間が短くなってきている秋の一日の、最後の陽を惜しむかのように見えます。影に焦点を当てた発想が類想の及ばない一句を生みました。

かなかなや少女は街へ戻りゆく
[ 大阪府茨木市 吉野春夏 ]

(評)「かなかな」は、秋蝉の代表格と言える蜩(ひぐらし)の傍題です。特に初秋の日暮れに、カナカナカナと高く澄んだ声で鳴きます。少女の行動のみを示し鑑賞は読者に委ねられています。別れのシーンでしょうか。少女の様子は、「蜩や」と詠むより「かなかなや」が似合いますね。かなかなの物悲しい鳴き声と哀愁のある措辞が響き合い情趣を深めています。郷愁をそそられる一句です。

軽トラに孫の数だけ西瓜積み
[ 大阪府大阪市 清島久門 ]

(評)「西瓜」は、南瓜や糸瓜と同様にウリ科の蔓性植物に分類され秋の季語となっています。何でもない生活詠の一句が、「孫の数だけ」と入ることでほのぼのとした一句に仕上がりました。軽トラに積んだ後はどうするのか。孫たちへそのまま届けに行くのか。遠方なら箱詰めにして送ってやるのか。「孫の数だけ」と具体的に示すことで読者の想像はふくらみを増します。句の途中に切れの入っていない一句一章句は、散文的になりがちと言われますが、その分ストレートに情景が伝わり共感も大きくなりました。

虫籠に星を飼ひならすは淋し
[ 大阪府寝屋川市 伊庭直子 ]

(評)中句の意味の切れ目が下句へ跨っている句跨りの一句。定型を破りリズムを変えて詠むことで「淋し」が強調され、作者の心情がより強く伝わってきます。遥か彼方で瞬く星を、軒先に吊るした「虫籠」を通して眺めているのでしょうか。それとも光を発するホタルを星に見立てて詠んだのでしょうか。ロマンチックな表現となっています。作者の感じた「淋し」を読者も共感させられ、作者の個性が大いに発揮されています。

宣誓のくもりなき声涼新た
[ 兵庫県尼崎市 大沼遊山 ]

(評)「涼新た」は“新涼”の傍題で初秋の季語です。涼しくて過ごしやすく、スポーツの秋にふさわしい季節です。選手宣誓は、野球やサッカーの開会式で、参加チームを代表するキャプテンが力強く行います。「くもりなき声」とは強い決意に満ちた声。青春の真っ只中を無我夢中で走り続けてきた選手たちが掴んだ夢の舞台に、ただその声だけが響き渡っているのでしょう。緊張感のある闘志渦巻く一瞬を感じ取った秀句。

ありし日の不義身を縛す野分前
[ 兵庫県加古川市 やまわけひろふみ ]

(評)只ならぬ気配を感じさせて妙味ある一句。「野分」は秋の暴風で、草木を吹き分けるという意味を持ちます。作者の心境と取り合わせた「野分前」に落ち着かない心が如実に表れています。作者にしか本当の句意は分かりませんが、若い頃には失敗や蹉跌も多く、若者の特権と言えるでしょう。義理や礼を欠くなど、後で気付くことの多々ある日々に読み手も共感を覚えます。「野分前」と詠むことで、心の機微を浮き彫りにしてくれています。

うそ寒や選挙ポスター雨弾く
[ 兵庫県神戸市 平尾美智男 ]

(評)「やや寒」や「そぞろ寒」と同じ程度の寒さですが、「うそ寒」はどこか心の落ちつかなさを内包します。「うそ」は「薄(うす)」から転じた接頭語で、何となくうっすらと思われるような微妙な言い回しの寒さを言います。選挙では、日本中に選挙ポスターが張られ、さまざまな公約が叫ばれましたが、聴衆の心を熱くしたのでしょうか。雨を弾くポスターと向き合う作者の心が投影されているかのようです。

初恋の話におよぶ後の月
[ 兵庫県西宮市 森田久美子 ]

(評)秋の美しい月も見納め。「十三夜」と呼ばれ陰暦九月十三日の少し欠けた月が「後の月」です。名月の一か月後で、月を賞美し秋の実りに感謝した日本人の細やかな心を表わす季語の一つです。大豆や栗の収穫期に当たることから「豆名月」「栗名月」とも呼ばれます。気の置けない友人との会話が思い起されます。月には恋がよく似合います。万葉集で恋を詠う相聞歌は最も多く、半分以上を占めます。万葉の古人も眺めた「後の月」が物悲しくも美しく秋の夜空に浮かび、「名月」では表せない風情の感じられる一句。

歌仙絵の恋を嘆ける無月かな
[ 兵庫県三田市 立脇みさを ]

(評)優れた歌人の絵姿に、その代表的な和歌や略伝を書き添えたものが「歌仙絵」。身近なところでは「小倉百人一首」でも触れることができます。恋の歌の多い歌仙絵の世界。三十一文字の割り切れない数は、詠み人の割り切れない胸中そのものです。月が無いことで、和歌の名人たちも恋の歌を詠めないでいるのでしょう。この日は陰暦八月十五日。「無月」はいわゆる中秋の名月の見えない曇り空を言います。月明かりがなければ恋する二人も出逢えないのが、歌仙絵の流行した平安朝の時代です。

名月や池に沈めし五七五
[ 島根県出雲市 後藤英興 ]

(評)「名月や池をめぐりて夜もすがら」芭蕉。「名月を取ってくれろと泣く子かな」一茶。「菜の花や月は東に日は西に」蕪村。月を詠んだ名句はたくさんあり、古来より人を魅了し続けてきたことが分かります。「名月」の夜、作者が沈めたのは俳句。俳句に想いを込めたのか、それとも単に納得のいかない俳句だったのか。読み手はその気持ちを推し量るしかありませんが、月によって解き放たれた作者の心が少し見えた気がします。

銀杏の匂ひに噎せる納経所
[ 徳島県阿南市 白井百合子 ]

(評)黄落期、寺の納経所のそばには大銀杏があるのでしょう。葉は黄金色の絨毯となり実を落します。その下で、実を拾い集めて種皮を剥ぎ、「銀杏」を取り出す作業が行われていたのでしょうか。皮を取り除くと「噎せる」ほどの強い匂いが漂います。収穫後は、焼いておつまみにしたり、茶わん蒸しや土瓶蒸しにあしらったりして秋の味覚を届けてくれます。素直にほのぼのとした景が詠まれ、秋の風物詩として古くから伝わってきた温かい光景が浮かびます。

初版本探す古書店獺祭忌
[ 徳島県阿波市 井内胡桃 ]

(評)正岡子規は、俳諧を俳句として現代に残しました。ベースボールを野球と解したアイデアマンでもありました。「獺祭忌」は、明治35年9月19日、34歳でこの世を去った子規の忌日です。「獺」はカワウソのこと、獺祭とは獲ってきた魚を食べる前に岸に並べるカワウソの習性を言ったもの、それが転じて、詩文を書くときに書籍を身辺に並べ立てる様を言います。古書店に所狭しと置かれた本。措辞との配合は、秋の時候など沢山あったのでしょうが「獺祭忌」が何よりも相応しいと感じられる一句です。

蟷螂のゆれて譲らぬ面構へ
[ 徳島県板野郡 佐藤幸子 ]

(評)「蟷螂」は鎌切のこと。その拝むような体型から“拝み太郎”などという傍題もあって楽しい季語の一つです。「ゆれて譲らぬ」という蟷螂の特徴をよく捉えた一物仕立ての一句。何にでも向かっていく気の強さが出ています。敵と見做すものには体を起こし、鎌状の前肢を振りかざして威嚇のポーズを取り、向かっていく様を捉えました。一物仕立ては他の事物と取り合わせずに、一つの素材でまとめる作句法。ありきたりな句に陥りやすく掲句のような佳句を生み出すのは難しいものです。

和三盆ほろほろ溶けし鳳仙花
[ 大分県豊後大野市 後藤洋子 ]

(評)「和三盆」は徳島や香川の名産で、上品な甘さが特徴です。竹糖と呼ばれる柔らかい細かな結晶を、そのまま型に入れて押し固めた干菓子です。高級感のある風味をゆっくりと味わっているのでしょう。「ほろほろ」がその口溶けを上手く表現しています。取り合わせは「鳳仙花」。「ほ」の音がリフレインされ、さらにまろやかさが広がります。鳳仙花は「つまべに」とも呼ばれ、女児が花の汁で爪を染める遊びがあったそうです。回想句なのかも知れません。

蒼き腹見せて小さき穴惑
[ アメリカ合衆国オレゴン州 ロイ美奈 ]

(評)蛇は春の彼岸に穴を出て、秋の彼岸に穴に入ると言われます。寒くなると冬眠の準備をして穴に入りますが、中には秋の彼岸を過ぎても穴に入らず野山を徘徊するものがいます。「穴惑」と言います。作者が見た蛇は「蒼き腹」、「小さき」とまだ冬眠に十分な餌を体内に貯えられていないのでしょうか。それとも、冬眠が初めての若い蛇で、もう少し外で遊んでいたいのでしょうか。観察眼がよく効いていて、作者の優しさにも触れることができます。のんびりとした日本の里山の風景の浮かぶ俳諧味のある秀作。

佳作

茄子の馬懈怠のわれも風樹の子
北海道札幌市 PANNONICA
片胸の我と君行く秋深く
北海道千歳市 夏
小鳥来る英語教師の弾くギター
岩手県一関市 砂金眠人
霧襖面接試験はオンライン
岩手県北上市 川村庸子
耳で追うカーテン越しの百舌鳥の声
宮城県白石市 森律子
草木へ色を授けて素風かな
宮城県仙台市 遠藤一治
盆踊り伯父結う櫓揺るぎなし
宮城県仙台市 奥山凜堂
秋澄むや臓腑の虚無を払い除け
宮城県仙台市 繁泉祐幸
綻びを縫ふて日が暮れ秋の夜
山形県米沢市 山口雀昭
秋うららいつもの美容室の席
福島県白河市 伊藤正規
役目終へ供養の順を待つ案山子
茨城県筑西市 田宮秀敏
菜に混ぜて幸せづくり菊ごはん
茨城県日立市 松本一枝
人はみな逝く日を知らぬ曼珠沙華
茨城県常陸太田市 舘健一郎
吾子と観る保護犬動画十三夜
群馬県伊勢崎市 白石大介
満月や湖上の舟の行方曳く
群馬県前橋市 荒井寿子
ひとしきり談志をききて夜の長き
埼玉県越谷市 新井高四郎
「解なし」という解ひとつ秋の星
埼玉県深谷市 深谷健
職人の片づけきれいに鰯雲
埼玉県和光市 此順
塀向かふ何日続く秋手入れ
千葉県我孫子市 本田節子
負んぶ背の兄の温もり秋彼岸
千葉県佐倉市 佐々木宏
寝そびれて信濃の国を唄ふ秋
千葉県佐倉市 山口由香
山の吐き山の吸ひ込み霧の消ゆ
千葉県千葉市 加世堂魯幸
朝霧の神社に太鼓響きをり
千葉県船橋市 井土絵理子
無器用に生きて八十路の柿日和
千葉県船橋市 湯浅康右
秋月に子宝望む夫婦愛
千葉県山武市 天野貴三
秋の夜泣く子や泣く子ねんねしな
東京都足立区 柳なつき
面倒な男のために秋刀魚焼く
東京都江戸川区 羽住博之
団栗の投下に遭いし手弁当
東京都葛飾区 山内理恵子
独り身の一人のピアノ秋の暮れ
東京都渋谷区 駿河兼吉
小さくも野分の風に立ち向かう
東京都杉並区 市川伸一
近道を選びて不覚ゐのこづち
東京都杉並区 田中有楽
不意打ちの流星言の葉宙に舞い
東京都豊島区 カジ
追う親や逃げる息子ぞ文化祭
東京都豊島区 潮丸
国分尼寺跡の礎石や竹の春
東京都中野区 秋山專一
同胞を迎え銀河の濃かりけり
東京都練馬区 喜祝音
冬近しみやげ話の老いの夢
東京都練馬区 符金徹
デッサンを終へ国光を八つに切る
東京都文京区 遠藤玲奈
稜線にひと筋通る草紅葉
東京都目黒区 murami
赤とんぼ荒れた母の手一休み
東京都目黒区 ワーグナー翔
天の川五右衛門風呂を追焚きす
東京都青梅市 渡部洋一
風葬の記憶浜辺に秋彼岸
東京都小平市 佐藤そうえき
木の役も我が子は主役秋うらら
東京都西東京市 はぐれ雲
白だもの実は紅玉に天高し
東京都八王子市 石塚明夫
桐一葉建売となり武家屋敷
東京都東村山市 鮫島啓子
かなかなの大杉木立包囲せり
東京都武蔵野市 白以風信子
里山の裾から暮るる秋日かな
神奈川県川崎市 下村修
棟上げの木の香木の音天高し
神奈川県相模原市 あづま一郎
横たわるマティスの裸婦と初秋刀魚
神奈川県相模原市 金本節子
木の実落つ夢の重さに耐へきれず
神奈川県相模原市 渡辺一充
笑むだけの母と語りし十三夜
神奈川県茅ケ崎市 坂口和代
山寺や二段飛ばしで秋夕焼け
神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦
華やかに閉店祝ふ桔梗かな
神奈川県茅ケ崎市 つぼ瓦
蕾見ず散るを知らずや吾亦紅
神奈川県大和市 おおもりじゅん子
仲秋や声に余韻の山鴉
神奈川県横浜市 要へい吉
すすき土手鮎竿終う相模川
神奈川県横浜市 教示
ひと露のおもさを放つ葉先かな
神奈川県横浜市 古関聰
コロナ禍や紅葉求めて独り旅
神奈川県横浜市 高田柗風
摩天楼雲ゆく先は菊日和
神奈川県横浜市 鷹乃鈴
秋めくや昔ながらの喫茶店
神奈川県横浜市 竹澤聡
秋の峰アサギマダラを吹き上げる
神奈川県横浜市 前田利昭
マスク取る胸いっぱいに秋を吸う
神奈川県横浜市 まつといのいち
カラカラと転がる秋の栞かな
新潟県新潟市 小野茶々
歯を立てる南瓜の種のお八つかな
新潟県南魚沼郡 高橋凡夫
船頭の唄に踊るや曼珠沙華
石川県加賀市 敬俊
運動会白線曲がる新教師
山梨県中央市 甲田誠
御嶽の追悼の日の鹿の鳴く
長野県南佐久郡 タカミザワヒロミ
妹の要らぬと逃げて赤い羽根
岐阜県郡上市 海神瑠珂
盆踊り予期せぬ人に巡り合う
岐阜県多治見市 緑
秋日和久しぶりねと座すベンチ
静岡県湖西市 市川早美
ゆつくりと叶うお願い秋桜
静岡県富士市 城内幸江
牛膝剥がし合ひ恋深まれり
愛知県高浜市 篠田篤
日本では発砲の音は運動会
愛知県名古屋市 令和の社畜
緩やかに影踏みのぼる墓参り
愛知県日進市 嶋良二
熟れ柿は夜遊びせんと落ちたるや
三重県松阪市 宇留田敬子
はて今日は長そでと決め秋の朝
三重県松阪市 谷口雅春
鳥の声キチキチキチと秋日なり
三重県松阪市 春来燕
菊の月朝な夕なの夫婦庭
京都府京丹後市 川戸暉子
コスモスの沖見る島の診療所
京都府木津川市 米倉八作
とんぼうや天地返しの鍬の肩
京都府京都市 太田正己
秋茄子や免許返納勧められ
京都府京都市 水色
蒼海やきんいろ一本月の道
京都府京都市 やまだふゆめ
定置網命ひしめく秋たぐる
大阪府池田市 宮地三千男
軍鶏抱え鳴いて見せろと秋夕焼
大阪府池田市 宮地三千男
おのが身を憂しとて蚯蚓鳴きにけり
大阪府和泉市 清岡千恵子
丸刈りのお辞儀が好きで赤い羽根
大阪府大阪市 清島久門
秋澄むや墓標に赤き新刻字
大阪府大阪市 清島久門
千年の女人高野を花野かな
大阪府大阪市 清島久門
つややかに新米ツンと立ちにける
大阪府大阪市 速水美津子
針箱の象牙の箆や黄落期
大阪府大阪市 三木節子
母預け一日の遠出萩の寺
大阪府大阪市 宮早苗
天の川誰か地球を見ているか
大阪府大阪市 吉田マコト
思ひ草万葉人に思い馳せ
大阪府河内長野市 新田嘉子
秋天をひとコマ欠きしパズルかな
大阪府岸和田市 夜明久美子
詩に洗濯にベッドに秋霖よ
大阪府堺市 伊藤治美
身にぞ入むかわらけ投げの風受けて
大阪府堺市 椋本望生
老蝶の行方は何処日の溜まり
大阪府泉南郡 藏野芳男
夜深し鼻唄とめる虫時雨
大阪府高石市 岡野美雪
稲穂乾す風運びくる笛太鼓
大阪府富田林市 土佐一兵
出会ひとは奇跡なりけり流れ星
大阪府寝屋川市 伊庭直子
童謡の青信号や秋うらら
兵庫県尼崎市 大沼遊山
空つぽの缶コーヒーや冬隣
兵庫県尼崎市 大沼遊山
帰り道銀杏かおる金の道
兵庫県加古郡 ばななわに
秋潮にたゆたふ心静まりぬ
兵庫県西宮市 幸野蒲公英
田舎家をたたむ談義や秋彼岸
兵庫県姫路市 和田清波
虫の音を愛づる国土に生まれけり
奈良県奈良市 堀ノ内和夫
月更けて貨物列車の長恨歌
岡山県岡山市 森哲州
散策へ誘ふしるべ曼珠沙華
広島県尾道市 広尾健伸
噛み締める大地の力秋のなす
広島県広島市 朋栄
冬支度命のかぎり燃ゆる花
広島県広島市 朋栄
長き夜や推理する我前頁
広島県福山市 永見昂大
茎立ちて韮の白花秋継げり
広島県福山市 林優
デゴイチはいってしまった夜長し
山口県山口市 鳥野あさぎ
秋遍路親子道行札所前
徳島県徳島市 藍原美子
花蕎麦や畑三角の天辺に
徳島県徳島市 笠松怜玉
幼き日の記憶の中の赤のまま
徳島県徳島市 京
パジェロ車に労をねぎらい離す秋
徳島県徳島市 山本明美
秋晴れや賑わひ戻る予定表
徳島県小松島市 長楽健司
勿体ないの文化未来へ豊の秋
徳島県板野郡 秋月秀月
畑仕事少し残りて秋の暮
徳島県板野郡 一宮チエ子
名月や我が家の池も絵の如し
徳島県板野郡 奥村文子
水澄むや芥の絡む沈下橋
徳島県板野郡 佐藤一子
猫だったコスモス揺らして行ったのは
徳島県美馬郡 美葉
秋摘み茶ゆるりと煎れて菓子添える
香川県高松市 宮下しのぶ
栗拾い泣いた笑ったさあ茹でよう
香川県高松市 宮下しのぶ
芋畑大志を掴む小さき手
香川県仲多度郡 佐藤浩章
恋多き指の白さや秋の雲
愛媛県松山市 秋本哲
落とし水帰る場所ある大海へ
愛媛県松山市 宇都宮千瑞子
同行の影と一途の秋遍路
福岡県飯塚市 日思子
鋭角に進路を変える台風よ
福岡県北九州市 赤松桔梗
コツコツと鶏走る秋澄めり
福岡県福岡市 青木草平
秋彼岸父母の写真に菊の香
福岡県福岡市 玉井秀男
仲秋の月や漂う波間に間
佐賀県唐津市 浦田穂積
ゆでこぼし大きな栗の渋皮煮
大分県大分市 月見草
虫の声消し行く父の下駄の音
大分県国東市 吾亦紅
限界の集落に焼く捨案山子
大分県国東市 吾亦紅
紅葉狩り40インチのテレビジョン
宮崎県宮崎市 荒尾洋一
想い出に揺らぐ影見る秋の夜
鹿児島県鹿児島市 有村孝人
悪戯に微笑むような二日月
沖縄県豊見城市 あまがみこ