HAIKU日本2020冬の句大賞
特選
(評)「カトレア」は洋ランの仲間でもまさに花の女王にふさわしい優雅さと格調の高さがあります。この花があるだけで一気に華やぎます。「カトレアを抱いて駆け込む」シーンとは・・・。愛しい人への贈り物でしょうか。そして、三両目に駆け込む。どんな女性が乗っているのでしょうか。想像力を掻き立てられるシチュエーションを見事に詠み切った十七音です。
(評)一月十日の十日戎。参詣人が買い求めた福笹に鯛の飾り物が揺れています。恵比須様が釣り上げた鯛はどの縁起物より目を引きます。「商売繁盛で笹もってこい」の威勢の良い呼び込みの声も聞こえてきそうです。鯛に焦点を当てることで新年の景を鮮やかに印象付け、作者の嬉しさを表現しています。
準特選
(評)作者の住む家に、作者以外「誰も戻らぬ」ようになったのでしょうか。作者が家を残して引っ越したのでしょうか。詠嘆の「や」によって、長年暮らしてきた家への思いの深さが読み取れます。また「や」の切れによって間が生まれ、音もなく降る雪の情景を鮮明にして一句に哀感を引き出しています。
(評)真っ青な空に聳える冬山を力強く雄大に詠んだ一句。「突き破る」という比喩が堂々たる主張を持って「雪の嶺」を読み手の眼前に現わします。「雪の嶺」は冬の澄んだ大気の中では殊更に鮮やかです。「群青の天突き破る」の措辞が雪を被った美しい冬山の魅力を存分に伝えた一句です。
(評)季語「雪催い」は、雲が垂れ込め今にも雪が降ってきそうな空模様。雪にならないうちに戻れたのは何よりのこと。九州に住む作者なら今は雪の降ってくるのを心待ちにしているのかもしれません。温まった部屋で寛ぐ作者の時間はゆったりと流れ、誰もが分かり合える至福の時間です。
秀逸句
(評)何気ない冬の朝の光景が、「霜柱」の音によって印象深く描かれました。間隔を置かずに名詞が並んで、格助詞「の」で見事に流麗な句に仕上げています。登校中の何人かが音を鳴らし合っているのでしょう。「霜柱」を踏んで燥いでいる景が浮かびます。「霜柱」の「不協和音」が楽しく耳に届きます。
(評)初冬の夜、にわかに降る雨「小夜時雨」が古き時代へと読者を誘います。読み方によってはなかなか複雑な一句。現代の源氏物語を読むような詩情性があります。「彼奴」には卑しめと親しみが込められています。彼奴と君、彼奴と作者の関係が意味深な情景を浮かび上がらせ、作者の切ない胸の内が伝わってきます。
(評)庭の松を包み込んだ雪。純白の世界に「赤きバイク」が目を引きます。色彩の鮮やかな対比によって郵便配達の姿が浮かび上がり、「や」で詠嘆したことで雪の中手紙を届けてくれることへの労いの気持ちも伺えます。「松の雪」の情景も美しい情趣ある一句。
(評)素朴な美しさの「寒椿」は花が少ない冬期ゆえ、尚更愛おしく感じられます。作者もきっとそんな優しい目で眺めていたのでしょう。「寒椿」という一物仕立ての句を「成りにけり」とすっきり詠み上げました。地上に落ちてもまだ生命力を感じさせる「寒椿」を「地上の華」と美しく詠んでいます。
(評)「星冴えて」は透き通った夜空に凛と輝く星の表現。宇宙に思いを馳せた作者の感性のスケールの大きさを感じさせます。何万光年も離れた星々の中には、星の光りとして地球に届いた時にはすでに消失しているものもあるかもしれません。軽く「て止め」としたところも巧みな一句。壮大な宇宙空間が十七音で表現されました。
(評)冬景色の季語に「朽野(くだらの)」があり、枯れ果てた荒涼たる景を言います。「誄歌(るいか)」は、死者を送る歌。挽歌と同義語で万葉集には多く詠まれています。野辺送りの際に歌われたもので死者への追悼です。「誄歌の如く」と形容された陽が朽野に落ちていきます。日本人は古来より歌と共に生きてきました。万葉歌のような雰囲気が漂う珠玉の一句。
(評)「わがままさうな靴」で、元気ではちきれんばかりの子供の姿が浮かび、「揃へて」に優しさが感じられます。お正月に久しぶりに集まった親戚の子供たちの靴を揃えているのでしょうか。ほのぼのとした光景と、見上げた「初御空」に新年の幸せな想いが込められています。
(評)「寒月」は凍てつく空にかかる冴え冴えとした光の月。語感からもその鋭さは伝わってきます。冷たい月光に影も黒々と落ちているそんな夜に、「我がゆく道を照らし出せ」と願う作者。人生の岐路に立って思い悩んでいるのでしょうか。「寒月」の青白い光が、作者の真摯な姿に届きます。
(評)「天満宮」の祭神は学問の神様として崇められる菅原道真。新年には恒例の書初めが行われる大阪天満宮の風景でしょうか。「絵馬の鳴る」で、たくさんの絵馬が掛けられ風に揺れる軽やかな音が届きます。粛々とした新年の空気に包まれる中、静かに自己と向き合う作者。「筆始」に臨む作者の心境を読者に投げかけてくる秀句。
(評)「摩耶山」と言えば、神戸の街を見下ろすかに立つ山。美しい自然と美しい夜景を満喫できる港町・神戸のシンボルです。「面擡ぐる(つらもちあぐる)」の表現にこの山への親しみがこもっています。「初句会」は、どんな楽しさだったのでしょう。いつも見ている山の固有名詞が入ったことで読み手のイメージが膨らみます。
(評)「空く」の空の一文字がこの句の良さを引き立てています。色即是空の般若心経を彷彿とさせ、この一語によって父への深い想いが凝縮されています。「射す初日」に包まれて身も心も和らぎ、希望が芽生えてきたのかもしれません。初日の輝きが、まだ悲しみの癒えない作者に大いなる恵みを届けます。
(評)「道風」は平安時代を代表する「三蹟」の一人である書家、小野道風(おののとうふう)。「花歌留多」では、十一月の絵柄で柳に飛びつこうとする蛙を眺めているお方です。束の間ののんびりとした時間を「花歌留多」で過ごしながら、思わぬ妻の逆襲に遭う作者。作者の寛大な心がユーモラスに描かれています。
(評)例年にない暖かさが続いたこの冬。野菜作りは土壌からと、作者も始動したようです。「軍手新調」と詠み、これからの本格的な作業に向けての心意気が伝わってきます。抜けるような青空の「冬晴れ」が農作業のスタートダッシュと一句の立ち上がりを見事に決めています。
(評)師僧も忙しく走り回る歳末の季節感を表わす「師走」。十二月は僧にとって檀家回りなどに追われます。「一つせば二つ忘れてゐる」の措辞通り、私たちも今年やり残したことと新年を迎えるためのこととに追われます。中七を句跨りの九音にして畳み掛けていくことで、師走の忙しさをより色濃く表現しています。
(評)極寒に咲く「蝋梅」は蝋細工のような花びらを持ち蘭のような香りを漂わせます。廃屋で懸命に咲く姿は、その艶麗さが却って哀れを誘ったのでしょう。「日を浴びて」と倒置法で詠むことで句に余韻を持たせ、淡黄色の小さな花を一杯咲かせている姿が廃屋との対比で読み手に印象深く届いてきます。
佳作
※俳号で応募された方は、原則として俳号で掲載させて頂いております。
(評)子どもたちによる、空手の寒稽古に出くわしたのでしょう。掲句の海は、荒涼とした冬にあっても、子どもたちがひざ下まで入れるような穏やかな波打ち際ですが、海水の冷たさはいうまでもありません。一丸となって気迫のこもった正拳突きを繰り返すうちに、子どもたちの道着から湯気が立ちのぼりだし、力づよく春の到来を呼び寄せているかのよう。2020年東京オリンピックに採用された空手競技、その裾野を担う子どもたちの稽古風景です。