HAIKU日本大賞2020秋の写真俳句 発表

2020秋の写真俳句大賞

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豊穣祭太鼓が響む茜空

[ 和歌山県橋本市 徳永康人 ]

(評)躍動感のある写真俳句です。雲の合間から注ぐ金の光とたわわに実る稲穂が迫力のある写真となっています。これだけ見事な稲穂であれば、空の金にも届く素晴らしい豊穣祭になるでしょう。その賑やかさ、秋らしさを想像できるところに、この写真俳句の素晴らしさがあります。

次点

コスモスやコスモス色の哀しみも

[ 東京都杉並区 花霞 ]

(評)秋は悲しい季節です。鮮やかなものもありますが、それもいずれは枯れて行くのです。どんなに艶やかでも、次の季節は冬です。その事実を、コスモスの艶やかな色を悲しみと表したところに秋の寂しさが伝わって、他にはない特徴を持ったいい句だと思います。ただ、改善点はあります。コスモスという言葉が重複になっているので、季節感のない言葉で工夫をしてもよかったのではないでしょうか。練ってこそのの写真俳句です。今後も楽しんでください。

有明の底なき静寂霧海かな

[ 岐阜県岐阜市 鈴木白湯 ]

(評)まず写真に惹かれました。真ん中を、それとわかるほどに彩る薄い桃色以外は、濃淡の青。句が語る通り、どこにも音を感じられない写真です。こういう景色を見て、人は言葉を発しません。ただ、心の中で自分を省みるものです。その思いの深さを霧海に託した秀逸な俳句です。

<秀逸賞>

北の秋命を懸けて生命ヲ繋ぐ

北海道札幌市 鎌田誠

(評)「生命ヲ繋ぐ」と字余りにして、写真の鮭の白い死骸へのイメージが深く落とし込まれています。鮭は、生まれた川で産卵を終え一生を終えます。精も根も尽き果てたその姿は哀れでもあり美しさをも感じます。作者は役目を終えた鮭に命の尊厳を見たのでしょう。

秋の暮遥かに祈る影ひとつ

宮城県仙台市 泉陽太郎

(評)「秋の暮」はそれでなくとも寂しげに映るものですが、青く染まっていく自然の織り成す色彩がさらに愁いを漂わせます。点在する灯りは灯籠の灯にも見え、仏の慈悲が町中に立ち込めているかのようです。真横から捉えたシルエットが句と相まって独特の世界観を作り出しています。

この日より街は美し鵙の声

宮城県仙台市 繁泉祐幸

(評)「鵙」は小さい体でキィキィキィーッと甲高い声で鳴きます。秋晴れの似合う秋を告げる鳥です。稲が黄金色に実り、山野は美しい紅葉に染まり始めます。空気が澄み渡り、街も美しさを増していきます。「鵙の声」を聞いた日に「この日より」と感じた作者の素直な感性が伝わってきます。

山に居て寂しかりけり暮の秋

茨城県水戸市 打越榮

(評)「秋の暮」は秋の夕方の時間帯を指し、「暮の秋」は季節の晩秋を指します。季語「暮の秋」は去りゆく秋を惜しむ気持ちを表わしていて、傷んだ葉の重なり合う様が秋の深さと寂しさを伝えます。胸の内を綴った句と写真が響き合い風趣に富んだ写真俳句となっています。

湯めぐりや秋の高原明日の糧

埼玉県所沢市 秋岡邦夫

(評)温泉町を訪ね歩く作者の旅吟の一句。逆光線に染まりながら高原の芒が揺れています。夕日に染まる空も高さによって色が変わり、秋の空の高さを思わせ見事な一景を切り取った写真俳句です。こんな風景に出会ってしまったら明日からも頑張ろうと思わずにはいられませんね。

水澄みてぴたりとはまる白き雲

千葉県船橋市 井土絵理子

(評)澄み切った秋の青空に浮かぶ「白き雲」が水面に映り込んでいます。水面の僅かな揺れが粗い目の画布にも見え、重厚な油絵を思わせます。空色の鮮やかさは、水の透明度の高い秋ゆえのこと。落葉した木の枝にちょうど白い花が咲いたかのようです。「水澄みて」の季語が効果的な作品です。

ひそやかに街目覚めゆく秋朝日

東京都足立区 繁泉まれん

(評)散り敷いた紅葉の朝日に照らされた色合いが絶妙の一枚。昨夜の強風に飛ばされ吹き寄せられたそんな秋の侘しさの中にも光が射し込み、新たな一日の始まりが窺えます。写真と句の距離感の良さが作品の完成度を高めています。

足止めて値段二度見の秋刀魚かな

東京都荒川区 涌井哲夫

(評)秋口の不漁で庶民の味とは言えない程に高値が続いた秋刀魚。写真に写り込んでいるのは、新サンマ焼き千円のメニューの他に紫陽花の花やコロナ感染防止宣言のレインボーマークなど町中にある営み。町の匂いや人間臭さまでもが滲んだ今年の秋を垣間見ることができます。

新米の力でぼくら育つんだ

東京都新宿区 牛鬼さん

(評)神奈川県相模原市内の子供たちが案山子を作って展示するフェスティバルがあるそうです。写真は「ころなをやっつけよう!」という幼稚園児の作品。マスクの周りの笑顔の子供たちはコロナにもめげず元気いっぱい。子ども達の声が大音響で届いてきそうです。やさしい言葉の口語俳句に作者の朗らかな人柄も滲み出ています。

朝霧や川面の小舟漁夫ひとり

東京都町田市 織辺千情

(評)「朝霧」の中の「小舟」と「漁夫」の黒のシルエットが印象的な一枚。間もなく明けていく雄大な自然が奥深い幽玄さを伝えてきます。川面に写し出された波紋もまた美しいですね。朝日に染まっていく空、光に包まれた山々、そして光に満ちた川面が神々しく感じられます。句もその情景をしっかりと読み手に伝えます。

今日の月やっと見つけたビル狭間

東京都町田市 渡辺理情

(評)「今日の月」は中秋の名月を指します。都会の空に「今日の月」を探していたのでしょう。探し当てたのが「ビル狭間」の都会ならではの情景です。やっと見つけた安堵感と、月と高層ビルの対比が見事です。斬新な形の街灯を撮り込み、土星の輪のように見える構図も魅力的です。

天高し異国への旅もう一度

東京都武蔵野市 伊藤由美

(評)「天高し」で切れ、とてもリズムのある俳句。木曽路の奈良井宿での写真俳句だそうで、ノスタルジックな家並みは江戸時代にタイムスリップしたかのようです。前を行く異国の人に、異国へ旅したことを思い出したのでしょう。渡航することの出来ない今の切実な思いに誰もが共感を覚えます。

熟柿の温もり重し掌

神奈川県厚木市 折原ますみ

(評)柿の中でもトロッとした味わいが好みの熟柿党にとっては堪らない写り映えの一枚です。裂け目を手で割って吸うと極上の甘さの天然の味。今さっきまで秋の日差しの中にあった柿。「掌(たなごころ)」と下五に置いてさらりと詠んだ句の上手さも光る写真俳句です。

歓びは一家総出の稲刈り日

神奈川県平塚市 八十日目

(評)先祖伝来の田を守り続ける苦労の多い中、無事に実りの秋を迎えての稲刈りは喜びが満ち溢れるもの。それも「一家総出の稲刈り」。こんな平和な日常がずっと続くことを願います。自然体の句と写真がひとつになり、詩情豊かで心温まる写真俳句です。

秋空に映える姿も裏の顔

神奈川県横浜市 教示

(評)水平線によってくっきりと分かれた空と海。遠くまで見渡せる空は、空気の澄んだ秋そのものの情景です。濃い海の色は冬の近さを思わせます。灯光を放つ姿が本来の顔ならば、陸からの姿は「裏の顔」。「裏の顔」もなかなか捨てたものではないですね。

青空や柿の混声四部合唱

石川県金沢市 百遍写一句

(評)田舎の原風景の写真から、明るく楽しい歌声が聞こえてきそうな気がします。柿の陰は「四部合唱」の音符を表現しているかのようです。シャッターの横線を五線譜に見立て、パートもソプラノ・アルト・テノール・バスと丁度四つに分かれています。ユーモラスな想像を掻き立ててくれます。

仙石の射す一瞬や秋の暮

静岡県熱海市 歩人

(評)「仙石」は箱根の人気スポット仙石原を指すのでしょう。箱根火山のカルデラに位置し、芒の草原や湿原が広がります。太陽の一矢が射した瞬間の映像は、陶酔してしまいそうな神秘的な世界。雲の切れ間の一瞬の光芒が描いた情景は光と影の芸術を見ている思いです。

人の名の出てこぬ憂い猫じゃらし

愛知県名古屋市 久喜聖子

(評)「猫じゃらし」の花が開くと、こんなにも真っ白で美しいのかと感心させられます。人間誰しも齢を重ねると物忘れは付きもの。名前が出てこないのは、本当に歯がゆいですね。そんな思いが素直に伝わってきます。「猫じゃらし」との取り合わせで軽く俳味を出し、憂える心を優しく包み込んでいます。

世の風を躱してなびく薄かな

兵庫県西宮市 幸野蒲公英

(評)世の中の風潮をどこ吹く風と「躱(かわ)し」、「なびく薄かな」と上手に風と遊ぶ逞しさを詠み込んだ一句。風潮に正面から対峙することなく、上手に風と向き合うことを知っている作者ならではの一句でしょう。秋の野原を行く作者の晴れ晴れとした心を表わしたかのような青空が印象的です。

照り映ゆる豊かな恵み柿簾

奈良県奈良市 堀ノ内和夫

(評)見事なまでに整然と吊るされています。「柿簾」の季語の本意本情を詠み、真っ青な空のもと輝くような「柿簾」を写した写真俳句。「照り映ゆる」と情景を表現し、「豊かな恵み」と体言止めで明確に断定したことで読者の心にこの句がしっかりと届いてきます。

綱渡りまでして今日の望の月

徳島県徳島市 今比古

(評)「望の月」は十五夜のことで、古人も現代人も変わりなくこの月を見てきました。時代を超えて詠まれ多くの名句が残されていますが、電線を綱に見立てて「綱渡りまでして」と詠んだ作者のユーモアと感性が光ります。「望の月」への作者の親しみが感じられる写真俳句です。

魔女三人謀議のあとの紅葉かな

徳島県徳島市 山之口卜一

(評)「魔女三人」の上五で、まず読者の心を掴んでしまいます。いたずらの計画も滞りなく済んで、魔女っ子三人がこの森に紛れ込んだようです。怪しいのはこの木、陰からいきなり飛び出してきそうです。そんな楽しさを想像させる一句に写真の柔らかな色彩が符合します。

待つほどに宵の賑わい山の月

福岡県飯塚市 日思子

(評)月見の始まりは古く平安貴族の華やかな宴に遡ると言われており、写真もまたそのような風情を湛えています。光が当たった所はあたかも地球を表わしたかのようで、何とも幻想的な構図で月を捉えています。今か今かと逸る気持ちも句にしっかりと詠み込まれ、その瞬間の感嘆の声が聞こえてくるようです。

また明日指切りをして秋入日

福岡県北九州市 鍋屋立子

(評)映画のエンディングシーンを思わせるドラマティックな景。逆光により人物をシルエットで捉えた点も作品の良さとなっています。暮れかかる空の色、それを映し出して輝く海の色彩に心を奪われます。「また明日」と指切りする、ちょっぴり切ない句が写真とよく似合っています。

<佳作>

輪廻かな死後の色して曼珠沙華

山形県山形市 大西政子

山嶺に覆いかぶさる秋の雲

山形県米沢市 山口雀昭

毛越寺見事な魅力秋の色

宮城県仙台市 石倉美月

生きて生きてそして末枯れてなお

宮城県仙台市 小林恭士

三反をおむすび三つ稲を刈る

群馬県高崎市 凡志

鴇色の秋雲見上ぐ一つ星

千葉県船橋市 井土絵理子

秋の雨日本最古の茶の畑

東京都江戸川区 小川裕司

道問えば酔芙蓉曲がって行けと

東京都品川区 マリオネット

一塊の椋鳥来たる夕暮れを

東京都杉並区 天

晩秋や小布施の町のジャス喫茶

東京都清瀬市 ベース

鶏頭の数を数えて子規のこと

東京都狛江市 大坪優也

午後の日の都市の林や初紅葉

神奈川県鎌倉市 奈賀子

少年の無邪気な嘘よ草虱

神奈川県川崎市 植田虹華

ありのまま晒して暮れる薄原

富山県射水市 中村理起子

集ひ終へ見返るビルに上る月

石川県金沢市 百遍写一句

一瞬をそれぞれに舞うすすきかな

長野県伊那市 成如水

寝転んで紅葉遮る秋の空

長野県千曲市 澄麗

別れ待つ背を滑りゆく夕日かな

兵庫県神戸市 神長誉夫

大銀杏より秋の風始まりぬ

山口県下関市 馬の眼

秋草の密に体感温くなる

山口県光市 亜双

一人居にいずこから来る色なき風

徳島県徳島市 今比古

天空の故郷の山よ蕎麦の花

徳島県吉野川市 筒井弘

朝顔や友待つカフェへ行く道を

愛媛県西条市 吉本健司

シンボルの猿岩見たり秋の旅

福岡県田川市 原田祥二郎

芒原一本道の山里よ

熊本県熊本市 山上賢四郎

また来年梨の実ふたつ残されて

熊本県八代市 浜野藤江

秋分の日の出はついに陸上がる

沖縄県中頭郡 畑人

※俳号で応募された方は、原則として俳号で掲載させて頂いております。