HAIKU日本2020秋の句大賞

特選

(評)「鰯雲」は、鰯が群れるように大空に広がる美しい秋の雲の代表格です。この大きな景に、「棟上げ」の時の高揚感を取り合わせました。集う人々の笑顔、幸福感、人の幸せを願う気持ち、そして郷愁。それらが一句をグッと押し上げ、読者の胸にスッと入ってくる気持ちの良い俳句。「空いっぱいに」と詠んでその実在感が伝わってきます。

(評)作者がめくったのは「八月の空」。太陽が昇り、沈んでいく、そしてまた今日という日が始まります。日めくりのカレンダーの八月の一枚をめくり終えた瞬間に、目に入ってきた爽やかな秋の色。新たな一日を迎えられたことへの感謝の心が伺えます。「空一枚をめくる」ということ以外何も言わない省略による奥深さのある大きな一句。作者の感慨が伝わってきます。
準特選

(評)「万葉集の中に入る」という面白い発想の句。万葉集は読み人知らずの歌が約四割を占め、庶民の別れの歌や恋の歌がたくさん詠まれています。色とりどりの花野が作者を万葉の世界へと誘い、万葉の人たちの歌が蘇ります。万葉集の中の歌人に思いを馳せながら散策する景が浮かびます。

(評)作者は静岡県の方なので身近にある田園風景なのでしょうが、読者にとっては驚きの大景です。富士山をバックにして思わぬ光景に遭遇したようです。案山子が富士山に寄りかかるとは・・・。目の前に広がる雄大さの中の長閑な景色が目に浮かびます。終助詞「かな」が自然に効果的に効いています。

(評)「おとうと」への深い愛情を思わせる情感と響きを持った一句。「秋草原」がその広々とした風景の中に爽やかさと寂しさの入り混じった風情を届けます。口笛が風と共に高い秋空に吸収され、響きながら消えていきます。簡潔な表現の中、下五を一音多くしたことで想いの深さも伝わってくるようです。一緒に遊んだ草原に幼い頃のあの口笛を聞いたのでしょう。
秀逸句
(評)里芋の大きな葉には窪みがあり、葉が揺れると転がった露が集まって大きくなっていきます。そこに、晴れ渡った秋空が映っている様子を「青天を集めて太る」と詠んでいます。「芋の露」が「青天」を取り込み美しく輝いて見えます。作者の感性と忠実な写生の目が光ります。
(評)雲状の光の帯「天の川」が天上に美しく横たわっています。もの思う秋。秋だからこそものの哀れを思います。巨大な銀河系の中にほんの一時存在する「吾」という愛おしくも儚い存在。命の重みを感じながら、その命さえもいずれ宇宙の星屑の一つになってしまうというそんな無常観が一句から伝わってきます。
(評)団扇で扇ぎながら七輪でもくもくと煙を立てて、秋刀魚を焼く光景は懐かしい昭和の日常でした。今や、様々な分野でAIの導入が進んでいます。AIに火加減をセットして安心して焼き上がるのを待てば良い。「委ね」に安心感と、どこか空しい心情が表れています。「AI」の一語が今現在の社会を反映し「秋刀魚焼く」との取り合わせが楽しい一句。
(評)自分の好きな飲み物を入れて気軽に持ち運べるのが「ミニボトル」。古文書を読んだり集めたりするのが趣味なのでしょう。そのために旅に出ます。お供になるミニボトルへの作者のこだわりが垣間見られます。「ミニボトル」がこの旅とこの一句を味わいのあるとても新鮮なものにしています。
(評)夏の日差し除けとして、また手軽に育つこと、体に良い事などで育てる人も増えている「苦瓜」。一昔前までは苦みによって余り食用には向かないと嫌われものだったはずが、ゴーヤチャンプルーなどの人気で独特の苦みはすっかり認知されました。食卓を豊かに彩る人気モノとなった「苦瓜」に作者は「センターに立つ」という晴れやかな舞台を与えました。
(評)葉っぱや小枝の屑から蓑を作る「蓑虫」。雄は羽化して蛾になりますが、雌は蓑の中で一生を過ごします。枝にぶら下がった蓑虫を揺らしてみる作者。蓑虫の姿はどこか愛らしくどこか寂しげです。そんな姿と作者自身の孤独感を取り合わせています。下五の「戯れる」で、風に吹かれるまま孤独を楽しんでいるような一句。
(評)「月の影」が読者に秋の情緒を届けてくれます。書棚に整然と並べられた本。特に太宰の本の傍に明るい名月の光りが届いているようです。夜がめっきり長くなった秋には、太宰の本をふと手に取ってみたくなります。一日の終わりの一人の時間がゆったりと流れていきます。
(評)「秋彼岸」で風呂好きだった父を偲んでの作と分かります。剃刀に在りし日の父の姿を思い浮かべる作者。風呂場にそのまま置いてある剃刀に、今不思議な存在感が現れています。お父様が戻られて、気持ち良さそうに湯船に浸かっておられるかのような一句です。懐かしい日々を今も大切にしながら生きている作者の横顔が見えます。
(評)幸福感に満ち溢れた一句。この上もない穏やかな時間が流れています。流麗な措辞に体言止めの「紅葉晴」が効果的で、抜けるような青空と紅葉が彩る山々が浮かびます。身も心も「露天湯」にあずけて享受している至福の境地が、「五体あそばす」で読み手にも充分に伝わってきます。
(評)空は青く高く澄み、爽やかさが感じられる「秋日和」の一日。歩んできた半生を振り返る作者。その充実した日々は誇らしくさえあるのでしょう。「まんなか」と言い切ることで、人生の後半に向けた強い意欲も感じます。取り合わせた季語「秋日和」の爽快さが作者の心情を大きく引き出しています。
(評)「予讃線」は、香川県の高松から瀬戸内海沿いに西進して愛媛県の宇和島に至る約300キロのJR線。晴れ渡った空と真っ青な海との境界線を「空の低きところ」と詠んで果てしない広がりをイメージさせました。続く助詞は「を」と置いて「てにをは」の選択にも力量を感じさせ、「予讃線」の下五で仕上げたきっと旅好きな作者の旅吟の一句。
(評)「踊子」は、先祖の霊を慰めるために踊る子で秋の季語です。今年はコロナ禍にあって、各地の盆踊りが縮小や中止になりました。そんな中、行われた貴重な神事。出番を終えた「踊子」の安堵感と充足感の入り混じった横顔を描写した作者。「踊子」のうなじに焦点を絞り、「後れ毛のぞく」と情緒ある句に仕上げています。
(評)「白木槿(しろむくげ)」はアオイ科の落葉低木。五弁の花を付け夕方には萎みます。白さの中に寂しさの漂う花です。見送った側もいずれは見送られる側になる時が来ることを皆分かっています。季語「白木槿」の白が醸し出す空気の中に、悲しみや愛や感謝があります。「ありがとう」と呟く作者の声が届いてくるような一句です。
(評)何年経っても色褪せない「昭和唄」。時代を刻んできた唄は、時に涙が出るほど懐かしく切ない思い出と共に蘇るように思います。昭和を生きて、皆そんな齢になっていくのでしょう。一人飲む「ハイボール」に懐かしい昭和への想いが流れており、秋の夜長の何処か愁いを感じさせる一句。
(評)秋の空にひと際鮮やかなのが「秋茜」。澄んだ空気の中を美しく飛び回ります。その場所が「荒れ寺」となると侘しさが漂い、ことさらに元気な赤が印象的です。どこまでも澄み渡る空を四つ角のある如くに動く「秋茜」の姿が目に浮かびます。秋茜の群れというよりは、秋の寂寥感に包まれた景色の中に捉えた赤い一点と思われる深い情趣の一句です。
(評)漁港の船溜まりに掲げられた「一本の七夕笹」。子供や親たちが全員で願い事を書いた大きな笹は、漁師たちの家族同様の日頃の付き合いの表われなのでしょう。漁師町の一体感が「一本の」から読み取れます。漁師町に伝わる伝統の風物詩をさらりと詠んで温かみのある一句。
(評)「柿日和」は柿がたわわに実った頃の穏やかな日和です。そんな平和な日常の中に、恋の句も一つ秘めたという作者。幸福感の漂う一句です。句会や吟行中で、作者が投句の中に恋の句を忍ばせたという場面も想像されますね。秘めた恋の句の行方を読者に想像させる楽しさのある一句です。
(評)蕎麦は、高い山の上で育てられていることが多いですね。日本の原風景のような天空に開けた山村は、「蕎麦の花」が咲くと美しい真っ白な光景に生まれ変わります。故郷を守り続ける人が思うのは都会に出た子のこと。その心情が真っ白な「蕎麦の花」に託され、ひっそりとした寂しさを呼び起こす一句です。
(評)パンデミックにより社会全体が急激に変化しています。倒産や雇用の縮小で失業者の数が増えています。「リストラ」と「松茸」という具体的な道具立てが成功し、リアリティのある作品となっています。主観を入れずありのままを詠んだことで、場面が的確に伝わり深い親心が読み手の胸に届きます。
(評)収穫の作業をすっかり終えた田の中から、一本の煙がまっすぐに上がっていく。これまでの疲れを忘れ、安堵感と共にくつろぐひと時。「煙まっすぐ」が、下五の「星ひとつ」にとても良い感じで繋がっています。昔ながらの日本の田園風景の美しさを改めて思い起こさせてくれる作品です。
(評)何の「鈴の音」でしょう。四国ではよく見かけられるお遍路さんでしょうか。「霧襖」は襖のように見えるほど濃く深い霧のこと。山中で閉じ込められると緊迫感が増してきます。視界のない中、人の声と鈴の音だけが頼りなのでしょう。心細さの中、霧襖の奥に感じた人の気配にホッとした空気感が伝わってきます。
(評)「良夜」は中秋の名月の夜。空気も一段と澄んで明るく月の光に満ちています。夫と共に仲良く月見をしている様子が目に浮かびます。倒置法を用い上五で断定して、満月の夜の美しさを強調しています。無口な夫との夫婦としての長い歳月を思わせ、夫への愛情に溢れた一句。
(評)「初嵐」や「野分」なら、強風なのでと説明になる所を、「秋の風」としたことで別の意味を感じさせます。「一気にめくる」は、作者自身の残る人生を一気に進めたかのように読み手に伝わります。「20頁」が何とも印象的で、「秋の風」の持つ物寂しさが一句に込められています。
(評)夜の時間が長くなった秋には、ことさら読書に身が入ったりするもの。解説や補足説明が書かれた脚注を引きながら本を読み進めていく作者。じっくりとのんびりと理解を深めています。秋の澄み切った「秋気」が深くなっていくのを感じながら・・・。ゆったりとした時間の中に秋の気持ちの良い空気が流れています。
(評)「蟷螂(とうろう)」は鎌切のこと。「譲れなき道」の表現で、斧状の前肢を立て翅を広げた威嚇するかのような姿が目に浮かびます。小さな体で頑張っている蟷螂に「通せんぼ」された作者は一瞬たじろぎながらも、その勇敢さを自嘲気味に眺めているのかもしれません。俳諧味のある一句です。
佳作

(評)掲句は、作者の体験と季語を掛け合わせることで情趣をかきたてる手法が用いられています。大腸検査と菊びよりという季語を並べることにより、読者はその関係性や状況を読み解き、作者の心境や心持ちを推しはかります。「映える」という言葉からは、モニターや診察資料をもとに医師から大腸の健康状態が良好であると伝えられたことがうかがえます。病院までの道すがら、不安を抱える作者を、菊の咲き誇る頃の日和が、やさしくなぐさめ、はげましてくれたのでしょう。そして、検査を終えた安堵感と相まって、帰路の作者はいっそう晴れやかな足取りで歩かれていることでしょう。