HAIKU日本大賞2019春の写真俳句 発表

2019春の写真俳句大賞

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遠き日を呼び出してみん春うたげ

遠き日を呼び出してみん春うたげ

[ 東京都武蔵野市 伊藤由美 ]

(評)桜の季節は出会いと別れの季節。夜桜の手前に公衆電話を写した構図に想像が掻き立てられます。最近は携帯電話ばかりで、公衆電話を使う人はあまりいませんが、その分読み手はそれぞれの「遠き日」を思い出し、そこにいる大切な誰かを心に呼び起こすでしょう。季節は春。出会いと別れの季節です。それを巧みに切り取った秀句です。

次点

山笑ふ農夫の暇一戸かな

山笑ふ農夫の暇一戸かな

[ 岐阜県岐阜市 鈴木白湯 ]

(評)農作業に疲れ、一休みしたその目の前に見事な一本の桜が、まるで農夫を癒すようにあったのでしょうか。後ろに見える彩り深い山を背景にした良い構図の写真です。一本だけ切り取られた桜が華やかながらもさみしさを誘い、趣きのある句に仕上がりました。

春かをる風廻るとき波立ちぬ

春かをる風廻るとき波立ちぬ

[ 兵庫県西宮市 幸野蒲公英 ]

(評)青と緑掛かった色のみの写真なのですが、波の動きや雲の流れから、春の興奮を感じます。雲も波も春の到来を喜んでいるのでしょうか。風も踊っているようですね。また、左側に陸地、遠くに山々、そして目前にあふれんばかりの水を写した構図も見事です。「春かをる」風景を写真の動きで見せた佳句として評価しました。

<秀逸賞>

散りてなお妍を競うや花躑躅

埼玉県入間市 荘然

(評)「妍」は美しさのこと。優美な「花躑躅」の姿が捉えられています。甘い香りを漂わせ、緑の庭園のひと所を彩る鮮やかな赤が見る人を釘付けにします。「散りてなお」目にも鮮やかな姿とその感動を余すことなく詠んだ一句。句と共に美しい写真俳句です。

麗かや古木は生きる鳥抱いて

千葉県市川市 藤田真純

(評)「麗か」は春の日差しを浴びて明るく気持ちの良いこと。この季語の斡旋が句を生かしています。2羽のキツツキの幼鳥でしょう。親を待つ愛らしい姿が捉えられています。包み込むように優しい眼差しの一句と写真が相まって読者に安らぎを届けてくれます。

静かなる時止めている花菜風

東京都板橋区 丘優子

(評)空へ真っ直ぐに伸びる茎が春の勢いを感じさせます。過ぎてゆく風に少し右へ左へと揺れる菜の花。眩しい程の黄と空の青のコントラストも鮮やかです。吹く風は何とも心地よい。まさに春の景を捉えました。「静かなる時止めている」の素直な叙述が功を奏した一句。

夕暮れの春三日月や富士の上

東京都府中市 涌井哲夫

(評)暮れなずむ空に夕焼けのオレンジ色の帯が映える一枚。果てしなく広がる天上には、ぽつんと置かれたような「春三日月」が何処か淋しげです。夕闇に少しだけ頭を出した富士山も印象的に捉えられコントラストが絶妙です。詠嘆の「や」で、「富士の上」の月に風流さがさらに加わる写真俳句となりました。

花も木も空星さえも春に酔う

東京都町田市 織辺進一

(評)独特の感性が捉えた写真の雰囲気と格調の高さに共鳴させられます。深い闇の中に浮かび上がる梅の木の一枝一枝に樹齢の重みを感じます。昼の馥郁と咲く様とは違った夜の貌。春の夜の美しさにすべてのものが酔っているのでしょう。一列に咲く水仙の黄が緊張を和らげてくれているかのようです。

迷ひ鳥さかんに花を散らしけり

東京都町田市 すぎうめ

(評)近年、輸入された鳥たちが逃げ出して野鳥化している現象があると聞きます。この鳥もオウムに類する鳥と見られますが、仕方なく都会に棲み付いているというのが実情でしょうか。ただでさえ命の短い桜の枝を気儘に飛び渡る姿に閉口してしまうのも無理もありません。「迷ひ鳥」の行動に対する詠み手の心情がうかがえます。

人知れず日本たんぽぽ此所に在り

神奈川県鎌倉市 奈賀子

(評)「此所に在り」で作者の心情が読む人に強く伝わり、「日本たんぽぽ」の頑張っている姿に何処か安心させられます。外来種の増殖と、開発による生育環境の悪化から個体数が減ってきているそうです。「日本たんぽぽ」がこれからも野原を明るくし春到来の喜びを私たちに伝え続けてくれることを願っています。

ゆるやかに皆なが通る花の下

神奈川県鎌倉市 林裕恵

(評)平易な言葉で詠んだ一句。しかし、十七文字の世界は奥深く、この句には単純な構成故の愛しさがあります。「さまざまの事思い出す桜かな」は芭蕉45歳で、奥の細道の旅に出る一年前の句です。今年は改元の年。平成最後の桜の下を人それぞれの思いで通り過ぎたのでしょう。「ゆるやかに」に込められた作者の思いが心に沁みます。

つばき落ちあらたな季節いのち継ぐ

神奈川県川崎市 事物

(評)写真の花はスノーフレーク、和名は鈴蘭水仙でしょう。鈴蘭に似た釣鐘状の花を下向きに付けています。可愛い春の花です。落ちた椿の淡い赤と土の温もりを感じさせる背景をぼかして、白い花の可憐さを引き立たせた一枚。スノーフレークの一輪一輪に注ぐ優しい眼差しと詩情のこもった句が相まって情趣ある写真俳句となりました。

ありったけ王冠着けて蕗の薹

神奈川県平塚市 八十日目

(評)春の到来をいち早く感じさせてくれるのが蕗の薹。一点注視の写真は、幾重にも包んでいた葉も開き花が大いに春の陽気を楽しんでいるかのようです。食べるには遅すぎてしまった蕗の薹の姿。その花の繊細さと愛らしさが「ありったけの王冠」という句と相まって魅力を増しました。

春分や動物園の献花台

神奈川県横浜市 稲畑実可子

(評)象の寿命は人間と同じ位だそうです。愛別離苦の悲しみが一頭の象に漂っているかのように見えます。春らしさを封印した写真と句が響き合い、切々とした作者の感情が胸に届きます。春分の日は、“自然を称え生物を慈しむ日”とされます。季語が一句の持つ情景を深めています。

心残し花に別れのペダルかな

石川県金沢市 百遍写一句

(評)八重桜を通り過ぎてゆったりと自転車を漕ぐ人。動と静の調和が背景の白い建物によってくっきりと浮き上がります。長閑な春の昼を切り取った一枚。春の日差しの柔らかさそのままの色調が優しい。ペダルの男性を取り込むことで写真に動きが出て、軽妙さを感じさせる写真俳句となりました。

ミツバチの踊りだすかな黄一輪

滋賀県大津市 つよし

(評)黄色一色の写真にミツバチの姿。句の方は「踊りだすかな」の中七がミツバチの動きを上手く表現し、下五では花の名を言わず「黄一輪」として読者に考えさせる巧みさがあります。眩しいほどの「黄一輪」が見る人を元気にさせ、花に溶け込んでいるミツバチの姿を見飽きることはありません。

ひとときを桜と過ごし良夜かな

京都府京都市 井上卓二

(評)薄紅と白い桜のコントラストが美しい写真俳句。日本の春の美しさの極みを見る思いです。同じ桜であっても川を隔てれば、まるで雪化粧のよう。二つの季節が混在したかのような不思議な魅力を醸し出す一枚です。手前にボートを配置したことで、この桜の夜を楽しむ情景がよりリアルに感じ取られます。芭蕉の言う句の品位「くらゐ」を感じさせてくれる佳句でもあります。

昭和の日心惑ひしことばかり

奈良県奈良市 堀ノ内和夫

(評)旅の途中でふと見かけた風景を撮影されたそうです。まるで、昭和を満載したホーロー看板ギャラリーのようです。この空間でしか味わえないノスタルジーにしばし酔う作者。奇しくも今日は「昭和の日」。「心惑ひしことばかり」と言いながら、新たな発見を喜んでいる作者が想像されます。

目に浮かぶ土筆の煮つけ母偲ぶ

和歌山県橋本市 徳永康人

(評)低いアングルからの撮影が写真の面白さを引き出しています。空はこの時期特有の春霞。摘み取られた後の土筆にもまた味があります。土筆を食べることの少なくなった今、ほのぼのとした優しさに包まれる作品です。母の手料理だった「土筆の煮つけ」が母を偲ばせます。

何もないただ佐保姫の在はす園

徳島県徳島市 今比古

(評)のんびりとした春の陽気の中、花の香りや鳥の鳴き声も届いてくるようです。季語「佐保姫」は、春の野山の造化を司る女神。春霞の衣を纏う若々しい女性だとされています。時空を超えてその女神の存在を感じ取り、「ただ佐保姫の在はす園」と言い切った作者。達観した意識を持った詠みが、スケールの大きな作品へと仕上げています。

かつてここに恐竜帝国夏隣

徳島県徳島市 山之口卜一

(評)映画のワンシーンのような一枚。1990年代に起きた映画「ジュラシックパーク」による恐竜ブームは今も衰えを知りません。森の中から今にも飛び出してきそうなスリルが味わえます。季語「夏隣」の夏に向かうスピード感ある感覚と恐竜たちの動き出すかの姿が符合してその場の迫力がより強く感じられる作品です。

友の手のシャドーボックス春に入る

徳島県鳴門市 河野桂華

(評)絵の切り抜きを貼り重ねていくペーパークラフトの一種「シャドーボックス」。光を当てると影ができることから、こう呼ばれています。華やかな額の中の世界は一目で作者を虜にしてしまったのでしょう。その感動を慎ましやかに「春に入る」が語っています。しみじみと友人を思い出しつつ詠んだ一句。

タンポポや泣きし思い出この土手に

香川県観音寺市 瀧明子

(評)久しぶりに訪れた土手に懐かしい日々が蘇る作者。子どもの頃、青春時代・・・。ほろ苦い記憶がぽつりぽつりと浮かんでは消えます。画面いっぱいの「タンポポ」が読み手を懐かしいあの頃へと誘ってくれます。この黄色い花には誰もが元気づけられる不思議な力があります。読み手の心に余韻の広がる作品。

<佳作>

桜咲くきのうの風と同じ風

北海道札幌市 澤井高広

緑立つ令和の門出きらめきの朝

宮城県仙台市 小林恭士

散る桜ひとひらごとのその刹那

宮城県仙台市 繁泉祐幸

泣き笑い今朝は微笑む躑躅かな

山形県山形市 小林ひさ子

漁のなき船の長閑に軋る音

茨城県水戸市 打越榮

藤の花村人おらぬ村の庭

群馬県桐生市 大木茂

残り鴨治兵衛の庭を気に入りし

千葉県船橋市 井土絵理子

天向かう人波に溺る春の海

東京都品川区 藍太

息細め近付き匂う梅三分

東京都杉並区 藤井譲治

敷き詰めし花屑よ赤きヘルメット

神奈川県厚木市 折原ますみ

空映す春の野をただ見せたくて

神奈川県相模原市 碓井きょう香

天からの風と光や名残雪

新潟県魚沼市 前田明子

穏やかに巣立ちを待つや燕の巣

新潟県南魚沼郡 高橋凡夫

刻々と影やわらぎて春兆す

愛知県名古屋市 久喜聖子

いとほしむふるさとの空朧月

三重県津市 森野誠也

山越えてまっすぐ行けば法隆寺

大阪府大阪市 田口たけを

花ひらう無邪気さ眺めあはれなり

兵庫県明石市 靖山

くれなゐの千本鳥居春の月

兵庫県芦屋市 榎本恵子

満開や我ら最後のクラス会

佐賀県佐賀市 佐々木元

木の芽風君を見つめしいつかのベンチ

熊本県八代市 柳武久

鹿の角落ちて令和の風ぞ吹く

沖縄県那覇市 成瀬敦

※俳号で応募された方は、原則として俳号で掲載させて頂いております。