HAIKU日本大賞2016夏の写真俳句 発表

2016夏の写真俳句大賞

夏木立硝子の中の焔(ほむら)かな

[ 奈良県奈良市 藤森 雅彦 ]

(評)硝子のように見える木の蜜の鮮やかなオレンジが目を引く印象的な写真です。また、その写真に合わせた句に焔(ほむら)という言葉を選んでいるのも、写真と相まって、内に秘めた熱を感じさせ、とても心に残りました。人は誰でも、内に熱情を抱えているのだと、それを染み入るように思い返させてくれる作品です。

次点

青楓視線澄み切る迄見つめ

[ 岩手県一関市 山下暮朝 ]

(評)新緑と木漏れ日の重なりが美しく、自然とその果てを見つめる作者の気持ちに寄り添う句です。写真の構図としても、句の意図を汲んで、遠くまで澄み切った青を思い浮かばせるもので、作者の表現力の良さに感心しました。

<秀逸賞>

向日葵や予報通りの雨に濡れ

北海道札幌市 澤井高広

(評)向日葵には太陽が似合います。晴れていたのに、天気予報通り雨になりました。日常の生活の中の光景を、日記のように書き留めた平明な一句です。やさしい言葉で素直に詠みあげており印象的。向日葵の作者に対するつぶやきが聞こえてきそうです。

幸せをたっぷり孕み鯉のぼり

青森県八戸市 宮本三千歳

(評)鯉のぼりは勇壮で、男児出生の喜びを盛り上げてくれます。竿を撓らせた堂々とした泳ぎっぷりが、幸せを象徴しています。また、「たっぷり」の言葉が活きています。この写真俳句は日本の美しい田園風景をも想像させてくれます。

夏の候みなもの深緑進む舟

岩手県盛岡市 近藤愛哉

(評)水面が鏡となり、空の青と山の緑を映し出しています。こんな大自然の中にいますと、自然の持つ力に人間という存在の矮小さが愛おしく思えます。水面に映る木々の緑に、深さと力強さを感じます。そんな川を行く三人連れの舟。絵画の世界のような写真俳句です。

独り占めしたのに淋しさくらんぼ

福島県郡山市 いらくさ

(評)赤い皿に、三種の果物を配した一枚です。青い布が、淋しさを呼び込む気がします。こんな風に鑑賞してみました。何を独り占めしたのでしょうか。それは、もちろん愛する男性です。実に可愛らしい女心が見えて来ます。ぽつりぽつりと置かれた果物の間隔にも意味がありそうですね。赤いさくらんぼはきっと、作者だと思います。

水芭蕉朝の光が風に乗る

群馬県桐生市 大木茂

(評)水辺の水芭蕉の美しさを、写真俳句の句材として見逃すことは出来ません。感じたままを詠んだ素直な一句。朝の清々しさが、水芭蕉の純白をより一層引き立てています。何処かに水の妖精でもいるような・・・。水芭蕉の奥にまだ何かありそうな気持にさせてくれる写真俳句です。

黒南風や湯煙り浴びる露天風呂

東京都清瀬市 ベース

(評)黒南風は、梅雨のどんよりとした空模様の時に吹く海からの南風。露天風呂の湯煙りと湿った南風が混じり、しっとりとした空気感が漂います。「黒南風」と「湯煙り」の取り合わせが良く、詩情豊かな作品となっています。

紫陽花に瀬音の唄を聞きしかな

東京都新宿区 牛鬼

(評)確かに、瀬音は音楽を奏でているようで心地良い。紫陽花に顔を近づけると、そのメロディーを口ずさんでいるかのよう。紫陽花の優しさが伝わってきます。「聞きしかな」の終助詞「かな」は、名詞と連体形に付くのが基本です。この場合、話し言葉にして「紫陽花に瀬音の唄のよく似合う」としても良いでしょう。

サンダルの吾子の行く先未知の道

東京都杉並区 手代木果帆

(評)親の愛情が強く感じられます。「未知の道」の下五に親としての希望が汲み取られ、未知の世界を写実的に表現した写真俳句です。母にとっては、馴染みのある施設であっても、幼子にとっては何を見ても未知の世界です。好奇心いっぱいの後ろ姿が印象的。サンダルはビーチサンダルとして夏の季語です。

合わせ鏡池と空の間隠す靄

東京都墨田区 濱野紗帆

(評)まさに「合わせ鏡」のような不思議な世界です。「靄」についてですが、単独では季語になっていません。春の到来と共に現れるのが「霞」。一年中どの季節にも見られますが秋に最も多いのが「霧」。霧は濃く、靄は霧よりも薄いものですね。季語は変化するものですから、これ位にしておきましょう。この写真の場所は、奥深く神聖な感じがします。
清々しく響き渡っています。

親の名は鳶色虎蛾伊達模様

石川県金沢市 坂井和平

(評)蛾は蝶に比べて嫌われがちですが、俳人は蛾の美しさを知っています。虎蛾の成虫は、翅が黒と黄と橙。腹には橙黄色の横縞があります。大胆で華麗な生きものです。作者に「親の名は」と問われたこの幼虫も美しく育ちます。親の名を語るこの幼虫に、強かささえ感じます。中七から漢字だけで表したセンスの良さが光る一句。

こんなにも青き空かな枇杷熟れる

山梨県甲府市 平井新三郎

(評)色付いた枇杷が、青空と鮮やかな対比を見せています。色のコントラストが美しい写真俳句。実も葉も産毛が輝いて見えます。句と一体となって生命力を感じさせてくれます。上五から中七への流麗な言葉に、心惹かれます。

蓮の花ひらいた朝の風ふわり

山梨県北杜市 矢合ちひろ

(評)蓮の花は夜明けと共に開花し、ぽんと音を立てると言われます。写真は、見事な大輪の花を咲かせています。背景の暗さが、より花の美しさを際立たせています。蓮畑は、この世の極楽と言える美しい楽園です。「風ふわり」と置くことで、かすかな蓮の芳香さえ届けてくれます。

国盗りの国は木の国夏の雲

岐阜県養老郡 鈴木正樹

(評)「美濃を制する者は天下を制する」の言葉通り、「国盗り」とは岐阜のことです。一句の中に「国」が3つも入っています。それも、見事に配置されました。写真は、夏の河川敷と雲です。湧き上がりさらに広がっていく夏雲が、国盗りのイメージをよく捉えています。芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」を彷彿とさせます。静かな悠久の時を感じさせてくれる一句。

紫陽花のうす色こ色競いけり

愛知県名古屋市 山田雄一

(評)自分がしっかりと捉えた句材は、類想に迷わずどんどん俳句にしていきましょう。あちこちから目を凝らす。詠みたいことの中心が明らかになってきます。そして、世界最短の俳句という十七文字に切り取られます。雨に濡れ美しさを際立たせる紫陽花。日に日に色を変えていく様は、梅雨時の楽しみです。

沢蛍二匹の橋を越えてゆく

大阪府大阪市 小喜多忠良

(評)清流で生まれた沢蛍二匹。恋人同士となって、橋を越えて行きます。冒険の旅に出掛けるのでしょうか。作者が、じっと見守っている姿があります。この光景をしっかりと写真に収めました。蛍を求め、人が寄り来る夜。蛍の儚いイメージを覆すダイナミックな光跡を撮った写真俳句です。力強い光が、蛍の恋人たちの明るい未来を暗示しているかのようです。

蟇黙んまり決め込む水琴窟

兵庫県西宮市 幸野蒲公英

(評)「黙んまり」の置き物の「蟇」ですが、句も写真もいきいきとしています。水琴窟の音を聞いていると、蟇もこんな愛らしい表情を見せてくれるのかと思います。中七、下五と字余りなので、中七はどうにか工夫して七音にしたいですね

花うばら準備中なるカフェテラス

徳島県徳島市 笠松怜玉

(評)近頃は、お洒落なカフェテラスをよく見かけます。他にも沢山の種類の花が置かれていたのでしょうが、作者が選んだのは入り口に咲く花うばら。可憐さだけでなく、棘の痛さもあります。「準備中なるカフェテラス」の連体形の惜辞が魅力的で深みのある一句。

踏ん張りの父へ黄の薔薇束ねたり

徳島県徳島市 今比古

(評)母の日と並んで大切な行事となってきた父の日。黄色い薔薇の花言葉は献身、友情など。父の日に感謝を込めて贈ることが多い。頑張っている父への思いと愛情に溢れた作品。「束ねたり」と完了助動詞で結んだところに、具象性を見ます。黄の薔薇の存在感が増しました。

ああ五月の風よ光の五月よ

徳島県徳島市 山之口卜一

(評)水平に腕を広げた乙女の像。これが五月なのだと、読み手に思わせる力強さがあります。平和を願う気持ちを象徴しているかのようです。句は小説作家風で、自由な発想に溢れています。「五月」になった喜びや、「五月」の美しさを十二分に詠んだ秀逸句。

渓流や仰ぐ千尾の鯉幟

徳島県徳島市 脇田冬波

(評)渓流を真横に跨ぐたくさんの鯉幟。作者は、舟下りをしながら見上げています。渓谷ならではの勢いがあり、乗船客の歓声が聞こえて来そうです。作者は徳島なので、この渓谷は大歩危峡でしょう。過疎の進む地域ですが、「千尾の鯉幟」に夢を感じます。何とも見事な写真俳句です。

太陽の季節始まり青い枇杷

香川県高松市 青木匠

(評)俳句は文字で行うスケッチです。目の前の景を、俳人として文字に定着させます。夏を「太陽の季節」と表現した作者。言い古された言葉も、時が経てば鮮やかです。葉の若さと青い実が、これから始まる夏本番を予感させます。空が気持ち良く澄んでいて、若さあふれる写真俳句です。

蛍火や幽玄の世界を生きよ

愛媛県西条市 吉本健司

(評)闇の中の蛍の明滅は、夏の夜を美しく彩ります。自らの命を燃やしながら飛ぶ蛍には、儚さも感じます。蛍火は命そのものです。作者の心の叫びが「生きよ」となりました。この命令形が心にジーンと来ます。確かに蛍には幽玄の世界に誘う魅力があります。写真もまさに幽玄の世界のような一枚。心に残る写真俳句。

※俳号で応募された方は、原則として俳号で掲載させて頂いております。

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